詩人の夢と賛歌       詩人、中嶋康博氏への感謝の書

 
”ニーチェはこの世界を美として見ることが、唯一の正当な方法だと云いました。しかし他の哲学者たちがこの世界を正当ずける方法に対してあまりに無関心であることをふしぎに思っていました。なぜなら、世界は幸いなことに美しいのです。
私たちの美に対する感覚が研ぎ澄まされてきたのは決して偶然ではないと思います。美とは一種の正当防衛だった。ーーー 余りに恐ろしい歴史を耐え抜くための” 

                                                                                            エルンスト・ベルトラム



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詩人の夢



少年が未来を夢見てゐる

その夢の果てに詩人となつた彼の手になる一篇の詩の中で


樹蔭に寝そべり  頬づゑをついて

少年は川面に映つた蒼穹に見入つてゐる

何を考へてゐるのだらう

どんな未来を彼に語らせるつもりで

深い沈黙を あふれる豊饒を 

詩人はこの風景に託したのだらう

せせらぎの歌に耳を傾け

樫の木の枝振りをあふいで 彼の見る夢は

もう 少年の日の夢ではないのだらうか


真に大きな精神の所在を

自身の破滅を賭けて

ほの暗い  あの青空の高みに索めて歩んだ人

薔薇色に燃え上がる燎々たる予感を生きた

それからの詩人よ  私はあなたの敗残に泪したのだつた

あなたが登りつめたあやまちは

独り気高く成長し

一滴一滴しぼられた悲しみが 幾筋もの支流をつたつて

淘々と一本のゆたかな河に合流した

そして何度もためらひ  久しく淀んで

やがて鹹いみずからの故郷に帰つていつたのだと――



私はこれからもあの輝ける詩篇の数々を

胸に仰いで生きてゆくだらう

あなたの昔夢見た天の系譜  昼の星座の数々を

小川のほとり 暗緑の樹蔭に休らふ

詩の中にとぢこめられた 永遠に孤独な少年と一緒に

その運命の強烈な照りかへしに 必ずや目をしばたかせて


                          中嶋康博詩集より







そして老いた詩人の夢


それから私は、一つの詩篇に驚かされて、再びの歩みのために、 今はもう 傷つき、緩んだ膝を立ち上げる。
若く鍛え上げられた 拳闘家との格闘に、 再び赴くために。

彼はこの老いた拳闘士を 完膚無きまでに叩きのめすだろう
そして 世代の交代を知らしめることだろう
彼は私の顔面を打ち砕き、関節を破壊し尽くすかもしれない。
そして、最後はきっと、殺してしまうことだろう。

打ちのめされ、地面に倒れ、今は朦朧とした意識の中で、存在の確かさを知らせる陰の長さに驚き振り返り、歩んだ道程の長さに驚嘆する。それは同時に、残された時間の僅かさを知らせていた。
そして同時に、成し遂げられるべきことの意義の深さと、戦い抜かねばならぬ運命の厳しさも。

だがそれでも、あらゆる苦悩は喜びとなって私を満たしている。
何故ならそれは、私が決意した道であるから。
惨めな敗残も、虚栄の栄光が決して成し得ぬ、永遠の未来への価値を産み出し続けることを知っているから。


schale



中嶋氏の作品に触れると、誰にもまして、あの青春の詩人、立原道造氏と、彼が軽井沢や信濃追分を舞台にして詠った詩篇の数々を思い起こします。
何よりその純粋さにおいて、二人の作品に通ずるものがあるのは確かかもしれません。
しかし、高い精神の建築を組み上げることなく夭折した立原氏とはちがって、中嶋氏は、戦後から現代にかけてのこの崩壊しきった日本の精神界の只中で、たった一人屹立しつつ、その孤独を歓喜にさえ変容し享受しながら、見上げるが如き高い足場を築き上げ続けて来られたのです。まるで漆黒の世界の中で、一人黙して灯火を掲げる無名の勇者のように。
そしてそれは誰人も及ばぬ、さらに遥かな高方にまで突き抜けようとしています。
そうです。今日のような世界においては、孤独と無理解はむしろ恵みであるばかりか、真実の価値を産み出すための絶対条件であるとさえ言えるでしょう。
中嶋氏の堅実さ、誠実さがそれを可能にせしめたのかもしれません。

中嶋氏はこの詩篇、”詩人の夢”を私に紹介してくださるにあたって、ドイツ西南部、シュバルツバルトの画家、ハンス•トーマの作品を示唆してくださいました。
しかしトーマの描いた1871年の黒い森の光景は、今日の野蛮な”文明社会”ではもうどこにも見つけることはできません。
それはゴーギャンが探し求め、描いたタヒチの女性達と光景の純真が永遠に失われたのと同じ喪失であり、アングロサクソン文化、カルビン主義の功利主義と拝金主義、物質主義によって席巻された今日の世界の悲劇性を物語っています。
2015年は、世界の歴史の分岐の一つとして刻まれるかもしれません。
それは、崩壊しゆく世界と、新たな精神文化の興隆との激しい闘争を意味することであり、もう一度、私たちが夢見ることの意味と重要性を噛みしめることでもあります。



文、写真 schale
camera
Phase One DF, P30+
Canon 1Ds初代
Canon 5D2
撮影地
南部、東部アイスランド
ニーチェの愛したジルヴァプラーナ湖畔
スイス、アーラウ市郊外
スイス、ブリエンツ湖畔

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# by schale21 | 2015-02-08 11:16 | Comments(2)

詩人の夢と賛歌     詩人 中嶋康博氏に寄せて

“あなたのナイーブな心はその始原に迄遡って、そこから又、混濁の現実に戻ってこようとしておられる。それは美しい仕事です。私はその証人に撰ばれたことを誇りに思っています”

                       芳賀檀   中嶋康博氏への私信から


讃歌


小高い山頂の青空をえらんで

大きな鳥が孤独な輪をとぢて歌ふやうに

最愛の風よ

ほろび去る全てのものに

ふいて知らせる金色の予感よ

翼ある精神の かろやかな決意を

双手をひろげ 私も小さな鳩胸の心にはらんだのだが



それはほの暗い顥気(こうき)の高みへと私を誘(いざな)ふ

火の山のはかない蒸気雲であつたのか

ゆくてに仰ぐ 露岩のかげから湧き昇つては

鳳凰の貌(かたち)をして 刻々と翼をひろげた

伝説のやうに 鷹揚にはばたきながら

それはすみれ色の天上へ あざやかに消えた



新緑の大気にやすらふ 六月の神々よ

答へてほしい 人生の最愛の風にふかれて

私は今 登りつめた山頂に立つてゐる

たち眩らむ予感に ひとり呼吸をととのへながら

石の祠に手をかけて 私の歓喜は 頭上をめぐる

鳳凰(お ほとり)の軌跡をなぞるばかりだ



        中嶋康博詩集より





まるで、高原の空気を胸いっぱいに吸いこむように、心全体が、鮮烈で透明な息吹に満ち溢れる。
どれほど永い間、このような感触を味わうことができなかっただろうか。
健康にして、一切の不純から決別し、巷間の汚辱の彼方に遊業する。

あなたの闘争は、深海に挑戦し、誰人も見ることができない大海の至宝を、平凡で怠惰な私たちに、やすやすと提示してくれている。
それに触れるものが、その激烈なまでの深さ故に、決して傷つくことがないよう、やさしく美しい宝玉の言葉で包み込んで。

あなたは、全ての優れた芸術家がそうであるように、孤独に耐え、誰人に知られることなく、精神の闘争をたった一人で続けてこられた。
この“精神の酷烈な厳冬の季節”の中でなお、結実した果実の奇跡を伝えるために。

———————————

詩人中嶋康博氏は、四季派の流れを継承する詩人として、長年に渡り優れた詩作品を発表されてこられました。また、詩作の傍ら、和漢の古典について精力的な研究を続けてこられています。かつては著名な詩人、田中克己氏に師事され、また、私の恩人でもある芳賀檀博士からも、多大な賛辞と期待を寄せられてきた方でもあります。

私は氏の作品に触れると、ちょうど森林限界から氷河のかかる雪線に横たわる岩塊に立つような鮮烈さ、そして北緯63度の極北圏の空気の清浄さと厳しさを思い起こします。しかし、それにもかかわらず、同時にやさしい春の草原のような心地よい風にも満たされていることに、驚嘆せずにはいられないのです。


詩人リルケの顔は、激烈な寒風にさらされ、削られたかのような顔であるといいます。
おなじように、氏が耐えてこられた内面の闘争とは、全て精神の果実を,私たちに無償で贈与し、次代へと継ないでいくための熾烈な闘争であるといえるでしょう。
しかし、その木の実は堅固で、千年の歳月にも耐え得るものであるのに、甘く芳香に満ちた丸い果肉で包まれているかのように、触れるものを美しい心情で満たしてくれのです。



写真、文  schale
中嶋康博氏のご厚意により、詩の全文を掲載させていただきました

Camera
Phase One DF P30+

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# by schale21 | 2015-01-30 09:08 | Comments(0)

極北の光 7 心の要塞



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月光の中なお輝く極光
アイスランド西部フィヨルド、400mの岸壁



心の要塞


まるで、一つの暴力の支配にとらわれたかのようだ。
ただ漠然とした、だがはっきりとした一つの印象が、地球のいかなる引力よりも強く深く、そして間断することなく私たちを捉えて離さない。
それは、断絶に対する断固とした拒絶の意志である。

 

地球の内部から吹き出す、世界で最も新しい岩石よって造り出された大地。
北大西洋の暴風と雨、ブリザードに育まれた苔に覆い尽くされた広大な溶岩の台地。
火の山々から噴き出た、漆黒の砂浜に打ち寄せる激流。
一国にも匹敵しようかという面積を誇る、欧州最大の氷河の偉容。
そして、漆黒の闇を照らす、月と極光。

 この国の人たちは、この自然とともに生きてきた。
誰もこの国を支配し、自然を造り替え、社会と国土の支配者になろうと企てるものはいなかった。
誰も支配しなければ、全ての国土は我らのものであり続け、私たち自身の所有であり続けることを知っていたのだ

 隣人に対するのと同じように、彼らは自然を敵とは見なさず、むしろ私たちが自然の所有物、あるいは友人として生きる道を選択した。

それは単なる思想ではなく、生きていく上で譲ることの出来ない信念、選択の余地なき、命をかけて防衛すべき人生の価値そのものなのだ。

 

だが、私たちは、すでにあまりに多くのものを失ってしまった。
何故ならそれは、私たちが命がけで戦う勇気を持たなかったからだ。

国土の防衛の為に、家族の防衛の為に、何より私たち自身の人生の価値そのものの防衛の為に、怯懦に流された我々は、剣をもって戦うことを拒絶したのだ。そして、奴隷として生きる道を選択した。

ここで云う国土とは、自然が私たちに贈ってくれた大地のことであり、私たちに生存を許してくれた自然そのもののことである。強欲で狡猾な権力の保持者達によって主張される、手前勝手な国境線のことではない。
しばしば彼らは人民に対し、国土の防衛のための死を強要するが、それは彼らの権力の維持の為に死ねと要求しているに等しい。


今我々は、この支配者である文明とその代理人達によって、最後の生存の足場すら失おうとしている。
最後に残された、一平方メートルの土地からすら立ち去ることを強要されている。

 

氷国の大地は、北大西洋の奔流と疾風に守られている。

私たちの内面はしかし、限界なき底抜けの欲望の侵略に対し、あまりに無防備にさらされ続けている。

全地球の土地と資源を一人占有しようという、病的な欲望の侵略に対して。

我々は、この国の人々のように、 高く厚い防壁を築かねばならない。

決して、いかなる敵にも破られることのない防壁を。

剣を抜け! 

敵に対する、最も恐るべき障害となって防壁を守るのだ!

いかなる銃弾も矢も、君の胸板を打ち抜くことはできないだろう。
君は、恐れなき勇気と勝利への確信という、不敗の鎧で包まれているからだ。

一つの勇気の前に、侵略者は、その虚栄の権力と暴力の無力さをさらけ出して破れ去ることだろう。

 

Schale

 

アイスランドの土地は、長い間地上の最も穢れのない土地の一つとして守られてきました。

それは、作物の実らない厳しい気候と、時には全世界的な気象変動をすらもたらして来た、多くの大火山の噴火、そして何にもまして、グリーンランド海の荒波と嵐とが、物質的な欲望に満たされた人たちを遠ざけ続けて来たからにほかなりません。その為、長い間、世界で最も貧しく辺鄙な土地の一つでもあったのです。

今はしかし、この比類なき自然と社会は、近代文明の性急さによって疲れきった人々を魅了してやまない、理想の大地、尽きるこのない内面からの力を得る場所として、まさに北海のオアシスのように、世界中からの旅行者を受け入れてるようになりました。

この国の人々は誇りを持って旅人に語ります。

“アイスランドは、一階級からなる社会、階層のない社会である”と。

また、この国に軍隊はありませんが、その決定としたバイキングの勇猛さと勇気の前に、多くの大国が己の利害の放棄を迫られてきました。

 

翻って私たちは、私たちの内面において、あまりに多くのものを喪失し、もう取り返しがつかないほど憔悴しきっています。

それは、喧噪なメディアや、私たちの目には容易には見えない権力による情報操作を通して、内面の幸福にとって何が本当に重要であり、決定的であるかを見失い、私たち自身を喪失し続けてきたからにほかなりません。それはいわば、人生の喪失と呼んでもいいものでしょう。

 

ゲーテは晩年、新聞を読むと蛙を生で飲み込むような気分になると語ったといいます。

それはまさに、精神を喪失し、私たちにとって最もかけがえのない人生のテーマから目をそらさせ、低次の生をおくるよう強制させられるからにほかなりません。

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# by schale21 | 2014-11-10 08:43 | Comments(2)

家政婦ヴィヴィアン マイヤー

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http://www.vivianmaier.com


'私は現存する唯一の真実の画家だ。私に唯一並ぶのはモネの目だけである"
パウル セザンヌ


最後まで南仏プロバンス近郊のサンビクトワー山を描き続けたセザンヌは、今日では多くの美術史家達によって、ルーベンス以来、西洋美術史過去400年間で最高の画家と評価されている。
だが、彼の絵は、生前、ただの一枚も売れることはなかった。


2009年の春、83歳になる一人の女性が亡くなった。
前年の暮れ、厳冬のシカゴで、凍った地面に足を取られ転倒した事故が元で、その後起き上がる事はなかったのである。
ビビアン・マイヤーという、フランス風の名前とオーストリア風の姓を持つその女性は、フランス人の母とオーストリア人の父との間にニューヨークで生を受けた。少女時代はアメリカと母の実家、アルザスとの間を行ったり来たりの生活だったようだが、詳細は知られていない。
1951年、25歳で最終的にフランスからアメリカに渡った後は40年間家政婦として暮らした。
生涯なんの財産も持ち合わせておらず、家族も身寄りもない孤独で貧しい女性であった。名声や虚栄とはほど遠い、全く無名の人物である。
だが、彼女が唯一、肌身離さず、様々な家庭へ家政婦として住み込みで働くための引っ越しの際も、必ず大切に持ち歩いていたのが、部屋一杯にもなるという段ボール箱に無造作に詰め込まれた、プリントもされていないネガフィルムと、それを撮ったローライフレックスの二眼レフカメラであった。

彼女が亡くなる少し前、シカゴの現代史を研究する歴史家が、当地のオークション会場で研究用の資料として、10万枚にもなるネガフィルムと当時の雑誌、切り抜き写真などをわずか数百ドルで手に入れた。
それはマイヤーが、生涯撮り続け、身近な友人にすら見せる事のなかった写真の数々だった。
最晩年は路上生活者同然だったマイヤーは、膨大な写真の入った箱を保管する倉庫代を納める事ができず、倉庫の持ち主によって接収され、売りに出されたのだった。

写真に関しては専門的な知識がないものの、直感的にその価値を感じた歴史家のマローフ氏は、ネガをスキャンし、デジタル化した上でサイト上に公開。写真家達の評価を仰いだ。
マイヤーの写真は瞬く間に大反響を呼び、20世紀の最も偉大な写真家の一人と評価する者まで現れた。
しかしマーロフ氏は、当の写真の作者は何者か、名前以外は全く知ることが出来なかった。
そして、とある新聞の死亡広告の記事で、偶然ヴィヴィアン•マイヤーという名前を見つけたのだった。

何故、彼女が写真を撮り続けたのか、そして誰にも見せることがなかったのか、謎のままである。
今後彼女の生涯とその作品についての研究がどれほど進んだとしても、それは謎であり続けるかもしれない。
すでに"名声"を得た彼女の作品は、印刷され、本として出版され、映画となって公開され、それを公開する人たちにお金をもたらす存在となっている。
名声もお金も手にする事がなかったのは彼女だけである。
だが彼女は、意図的にそういった世間的なものから身を引いていた。
また、作品は研究の対象となり、いつ頃、どこで撮ったのかも明らかになりつつある。
しかし、いくら作品の外的な解析が進んだところで、真実は彼女の作品の中にしか見出すことが出来ないであろう。

彼女は、街中で出逢うあらゆる人々を撮った。
とりわけ、路上生活者や黒人、悲惨な人々、悲惨さを当たり前の様に生きる人々にカメラの目を向けた。
また、毛皮を着て、物質に恵まれたように見える人々もその対象だった。逮捕される側、逮捕する側の人々にも同じ目を向けた。そして多くの自画像を撮った。
彼女にとっては、あらゆる人々が彼女と等距離にいる存在だった。そして自分自身とも。いいかえれば、彼女は自分を含むあらゆる世界の事象から身を引きつつ、尚、それらと関わり続けることをやめなかったのだ。

詩人のリルケは、彫刻家ロダンの秘書として暮らすパリ時代に、パリの路上を彷徨い、浮浪者達を観察し続けたという。
彼は、世界と自分を見ることを学んでいたのだ。

もし、彼女の写真が生前に知られていたなら、彼女は撮る事をやめていたかもしれない。
私にはそう思える。
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# by schale21 | 2014-08-27 23:05 | Comments(0)

善と悪

https://www.youtube.com/watch?v=06vGPnfWHxM

度肝を抜かれてしまった。
このような演奏は聴いた事がなく、まさに、”空前絶後、未知未聞”である。
激高する奔流に、枯れ葉のようにもまれてゆくほかはない。
人生と歴史は、かのようにして開かれたのだろうか。
聴力を失ったベートーベンの胸中の音楽は、このフルトヴェングラーが拓いた境地とどのように重なるものだったのだろうか。

史上かつてない大戦争のなかで、戦勝への決意と民族的高揚、信ずる理想のために死を決意した若者たちの純真。そして、来るべき大破壊を前にしての、かつてないほどの祝祭的な輝き。

フルトヴェングラーは、ヒトラーの誕生記念祭として、この一月後に行われた演奏には乗り気ではなく、仮病を使ってなんとか避けたかったそうである。
だが、ナチスという悪の絶頂において、多くの最高の精神の輝きがあったことは、安易に論じられるべき事象ではないだろう。
それは、悪の本質とは何かに関わる問題である。
究極の悪と究極の善、そして、究極の芸術もまた星座の圏の事象である。
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# by schale21 | 2014-08-19 08:24 | Comments(0)

ラロン

リルケの眠る村

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”Rose , oh reiner Widerspruch
Lust
Niemandes Schlaf zu sein
Unter so viele Lindern ”

Rainer Maria Rilke

”薔薇花よ
おお、その穢れなき矛盾よ
歓喜
誰人のものでもなき眠りであることの
これほど多くの まぶたに囲まれながら”

ライナー マリア リルケ



完全なる静寂は、時の流れを止めている。
ザインの根底に還ろうという、貴方の意志そのものであるかのように。

言葉。
無欠にして、円満、完全なる言葉。
根元であり、元初であるところの言葉
かつて神官や聖者が書き留めようと、惜しみなく命を捧げた言葉。
人間を超えるもの達の言葉。
超人たちの間で交わされる言葉は電雷であり、私達を打ち抜く破滅の神託である。
何故なら我らの精神の器はあまりに儚く脆い。
誰が、天使の抱擁に耐え得るというのだろう(ドュイノの悲歌)。


だが、今ここに、貴方が歩みを止めたその場所で、新たな継承が産まれようとしている。
全ての悲嘆が徒労であるように。
新たなる人類、新たなる文明の創造者はまた、新たな言葉をもって互いに呼び合うことだろう。
そして彼らは、死者達を永劫の眠りから呼び起こすことだろう。
かつてエジプトの神々たちが願ったように。
一歩一歩が、それ自体完全であるところの行為によって。
宇宙の意義が充足されるところをもって。

今はしかし、厳冬の只中で、耐えることが全てである。
そして言語に絶する酷烈の冬は、超人たちを育む揺り籠である。

”Wo es Gefahr gibt, wächst Retter auch
Hölderlin
破滅の危機の中で、救済の勇者、また育ちゆく
ヘルダーリン”

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# by schale21 | 2014-01-08 03:06 | Comments(0)

再び、’風立ちぬ’

”人間は、死すべき存在である”
          マーティン ハイデッガー

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その時、風は立った。二人の心を揺り動かすように。
この世界に溢れる現象、すなわち、生命そのものに充ちた宇宙の中で、私たちの命もまた、この風のように儚く、刹那の一瞬の法起に過ぎないだろう。

では、生は無意味なのだろうか。
いや、そうではない。
私は今、この消え往かんとする一つの生命を愛している。
私はこの愛によって、生そのものに、この一瞬の人生と、宇宙そのものに対して、意義という最高の贈与を成し遂げたのだ。
生の意義とは、探すものでもなく、見つけ出すものでもない。
それは、自らが産み出し、この宇宙に対して贈与するものなのだ。

私たちの消えゆく生も、一瞬にして立ちゆく風も、無限に繰り返される営みの一つでしかないだろう。
だからこそ、’今、ここにある’ この事実ほど尊いものはなく、それこそが全てであり、この一瞬にこそ人生の全てが凝縮されているのだ。
ああ、この ’今’ を生き抜こう、明日でも昨日でもなく、この ’今’ をこそ意義で満たしていこうではないか。




第一次世界大戦の最中、言語に絶する悲惨な塹壕戦に赴く青年兵士達の懐中には、ヘルダーリンの詩集があったという。
これまで経験したことのない、人類史的な危機の中で、この長らく歴史に埋れていた無名の、”近代最高’の詩人”が発見されたのだ。
そしてまた、太平洋戦争末期、特攻に向かい、死に臨んだ青年航空兵たちが愛読したのが、堀辰雄の小説、”風立ちぬ”であったという。

人間は死を免れ得ない。しかし、我々の日常は、この死を厭い、忘れる事で成り立っている。
しかし、この死に対してどう向かい合うかという問いの中に、生を意義あるものにし、本来的な生命の躍動に満ちた生を送る答えがあるのではないだろうか。
この事を近代において哲学的な側面から最も深く追求したのがハイデッガーであった
そして二十世紀の、世界で最も優れた文学、芸術もまた、この問いについての回答を求める激闘の成果であった。
堀辰雄の文学は、日本において、最も真摯にこの実存的な問いかけを明示し、その美しい自然描写と人間心理の洞察が絡み合う室内音楽のように、哀しく美しく、そして時に力強く私たちの眼を見開かしてくれている。

写真、文
Schale



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# by schale21 | 2013-08-14 09:48 | Comments(6)

薔薇と架橋


”薔薇花よ。花咲くと云う、
未知未聞出来事を、
告知する花よ。

新たなる生命を生もうとして啓いた殿房の
決意した昂奮は、もうこの世を超えている。

美の本質は自らを与ふること、
外部ではなく、又内部に核心があるのでもない。
贈って、贈って、永劫に尽きる所を知らない。”

           芳賀檀   薔薇の悲歌(カデンツ)





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ペルシャの太陽は、一点の射影を残すことなく垂直に降り注ぎ、溢れている。
光の瀑布はまた、その一つ一つが完全な花弁からなるフーガと、地上の最高の芸術とを育みながら、またそれ自身、光の道である、中央アジアの草原と砂漠の道を踏みしめながら、全世界に伝播する。

薔薇は架橋である。
それは、不可能の深淵にかかる橋であり、二つの世界を繋ぐ奇跡の讃歌である。
いかなる断絶も、いかなる絶望も、この一片の奇跡の前にして、怠惰な慰めでしかないことを知る。
すなわち薔薇は、不可能に対する永遠の挑戦であり、絶対的な絶望をさえ尚、侮蔑して止まない闘争の炎である。

ああ、この波から波へ、花弁から花弁へと重なりゆく光の交響曲。
一片の無駄なき、数十億年の地上における戦いの勝利の讃歌である薔薇はまた、悲劇に耐え、悲劇をたぐり寄せる我々が持ちうる最高の師であり、希望である。
希望は我々の胸中にこそあり、それは絶望の中にも不動である。
ちょうど太陽が、自ら自身の細胞を燃焼し世界を照らすように、薔薇の花弁が内部における苦難の闘争から編み出されるように、我々もまた、汝自身の苦悩を、それ自身が美の極致であり、意義そのものである行為から行為へと昇華し贈与する。
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写真、文 schale

EOS1Ds
EF200mmF1.8. EF300F2.8, EF400mm.F2,8
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# by schale21 | 2013-07-26 08:57 | Comments(0)