幸福

”心に贈与への意志が芽生えた事は 歴史の底辺の深さを語るものである”
”人間の歴史は 贈与の人 及び簒奪の人から成り立っていた”
詩人  芳賀檀(まゆみ)


幸福はどこに
人々はみな幸福の為に生き、努力している
今日も足早に急ぐ人々も、みな幸福をめざしているのだ

幸福は人によって違うというかもしれない
何に満足出来るかという点では確かにそうであろう
しかし、幸福の基準となれば、変わるはずはない

幸福の基本は愛である。人と人の信頼と愛情溢れる関係にこそ幸せはある
しかし、当たり前のことが当たり前でないのが人の社会である
莫大な権力を持つと、基準が変わると信じる人々がいる

他の人の幸福を奪う人は、自らの幸福を破壊する人である
そして怠惰な無関心は、社会の根本を破壊する

力こそ幸福であるという愚かな信仰を 身近な人に適用する人はいない
それが自己破壊の極みであることを知るのは簡単なことだ

ではなぜ、どこで 歯車がこうも狂うのであろう
また 人々は なぜそれをこうもやすやすと受け入れるのか

歴史の最大の秘密は それが秘密ではなく 誰にも理解出来る 単純な事柄であるということである
最も身近な中にこそ 真実は隠されている

Schale


足早に家路を急ぐ人々は、なにを思っているのでしょうか。
多くの人は、愛する、妻や恋人、子供たちの事、大切な友人たちへの思いで溢れているに違いません
これこそが幸福の基本であり、誰人も否定できない、この事実に立ち返るとき、我々が不可能と考える多くの問題の解決が、可能になると信じています。

Canon EOS1Ds 50mmF1.4,  50mmF1.8  70-200mmF4,
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by schale21 | 2006-03-18 10:00 | 詩と文学 | Comments(7)
Commented at 2006-03-19 18:34
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by kojiro-net at 2006-03-21 21:39
街を行く人たち、写真としても素晴らしい作品ですが、シャーレさんの
「幸福」に対する深い思いが伝わってきますね。
最後の1枚が好きです。

幸福とは何か。
愛情、優しさ、贈与の気持ち、思い。そういった善なるもの。
その対極にある、憎悪、憎しみ、嫉妬、怠惰、破壊。
悪なるものなしに善なるものは存在しうるのか。善なるものだけで
できた世界は、どんな世界なのか。
そんなことをふと考えます。

写真を撮り始めて今改めて思うのは、悪なるものを写真で表現するのは
とても難しいということですね。
これは善と悪は少なくとも対称ではないということを意味するのでしょうか。
Commented by ありゃいん at 2006-03-23 22:34 x
幸福なんて真面目に考えた事はありませんが、自分の経験から言えることは「苦労を知らなければ、今自分が幸せであることに気がつかない」と思っています。

幸か不幸か、シャーレさんも幾多の苦労を乗り越えてこられたのでこうした文章が頭の中を流れるのだと思います。私の苦労は海外でのそれとは比較にならないと思いますが、今は幸せだと感じることができます。仕事以外の喜びを味わえる何かを持っていること、それに費やす時間を持てること、そしてそれを共有できる人が存在すること。

写真を知って本当に良かったと思います。アナログかデジタルか、、、、時折交わされてきた議論ですが、私にとってはそんなことはどうでも良くて、写真を通じて自分が得た物の大きさは、改めて振り返ってみると人生を転換させてしまうほどの変化があったのだということが分かります。

楽しいことを楽しいと言えること、素直な気持ちをありのままに話すことが出来る大切な瞬間が幸せにつながるような気がします。しかし、現代の日本人、特に社会人はなかなかそれが出来なくなっているのではないかと思います。
そんな日本社会はスイス人の目には異様に写るのではないでしょうか。
Commented by schale21 at 2006-03-24 05:36
konishiさん、大変お返事が遅くなり申し訳ありませんでした。プログを開いては見たものの、毎日の更新はとても無理なようです。
私自身konishiさんの作品から、その感性からかなり影響受けてます。なにがと言われると難しいのですが、一瞬の表情を捉える感受性、被写体とのかかわりあいに関する事かもしれません。
音楽と写真、表現できる何かを持った人は幸せですね。

こじろうさん、実は最後の一枚はこじろうさんの影響をもろに受けた写真です。笑
幸福と善は同義ではないですね。また、悪無くして善もないでしょう。
要はどちらが決定的な影響を持つかなのだと思います。

友人の写真家は国連の活動などを通し、平和運動と研究に携わっています。彼との議論でも、善や平和、また惡そのものを写真にする事は出来ない、しかし、たしかにそういったものは存在する。では写真家として、そういったものとのかかわりはどうなのかといったテーマがありました。
いずれにしても、異論はあっても人々と平和に奉仕する芸術であってこそ、意味があるというのは私たちの一致した意見です。

Commented by schale21 at 2006-03-24 05:36
ありゃいんさん、更新早くしたいのですが無理なようです。笑
日本人は確かに人の人の自然な交流や、自己表現が下手ですね。職人気質なのかもしれません。また人の幸せを素直に喜べない嫉妬深い国民性というのはあるかもしれません。長野の人はおおらかでそんなことないですけど。笑 でもほんとうです。
写真活動をそこまで有意義なものにできるのは、写真の持つ素晴らしさ以上にありゃいんさんの生き様、人間性によるところが大きいのではないでしょうか。作品からもそれを感じています。
海外での苦労といったものは特にありませんが、年のせいか、最近、いかに幸せであることが至難なことであり、また尊いことか感じています。
Commented by bono at 2006-03-28 01:25 x
シャーレさん、こんばんは。
実は、この幸福について書かれていること、PC開く度に見て反芻してました。
幸福って何なのだろう?と
答えは未だ掴めませんが、自分が幸福であろうとすることが、
他の人の幸福に(なろとする行為に)障ってはいけないのだな、とは思いました。
幸福になろうとする事と、欲は似ていて違うものなのでしょう。
でも日々の忙しなさの中で、自分も幸福を見失い、欲と混同する事もあります。
そんな日常だから、シャーレさんの言葉で自分と向き合おうと思えるのです。
この「幸福」は、私にとって大きなインパクトでした。

シャーレさんの更新が早くなると、私の理解が追いつかなくなりそうです(笑)。
いつも日常を離れられる言葉と写真に感謝してます。
Commented by schale at 2006-03-29 03:22 x
人が幸福になり、また人類が生き延びるための唯一の大事な事、それはいかに自分の幸福を、他人の犠牲の上にではなく築けるかにかかっていると思います。それは古いふるい古代の人の知恵でもあります。

幸福の問題は自分は一応、二つに分けて考えていて、それは個人の幸福、もう一つは全体の幸福です。どちらも難しい問題ですが、いまの我々は、タイタニック号の乗客のようなものですので、全体の幸福、船をいかに沈まないようにするかと、自分の幸福は直結しています。
上の文章もそれを意識したものです。

いずれにしても、わたしのつたない考察におつきあい下さり恐縮です。


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