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極北の光  北極連邦

何という光だろう
言語に絶した美の極致!
光がこれほど尊く、そしてあまりに豊穣であることにただ全ての言葉を忘れて立ち尽くす

ああ、光があふれている
それは 大地からさす光だ
極北の地とは、大地と天空が出会う場所なのだ
それ故 動物たちもまた、神々の忍耐と快活さ、明るさに満ちている

天蓋を飾るのは夜の光たちだ
ここには暗黒は なく、絶望もない
なぜなら絶望とは 断絶の異名に他ならぬ故に
世界を包みゆく光のカノン
大地はそのまま宇宙と繋がっている
欠乏であるがゆえの 豊穣に満ちている



北緯70度、そこは北極圏と呼ばれる世界である。
そこでは、太陽は決して天柱から注ぐことはない。
地平線から覗いた太陽は、まるで飛び立つことをためらう鳥のように、地上からわずかに飛翔して、ゆるやかに徘徊するばかりである。
夏になれば、太陽は大地に降り立つことはなく、そして冬には、地平線の下から、その青い光の天蓋を映し出すばかりで、ついにその姿をみせることもない。

太陽という、地球上で最もかけがえのないリソースは、極北の地では、この世を離れたような極限の美のハーモニーを奏でながら、そこに住む生き物たちを照らし出している。ここでもまた、奪い合うことではなく、ただ身を任せ、享受し、感謝することが全てである。

それ故に、ここで流れる時間もまた、私たちの知る時間とは別のものだ。
そこでは、時間という貴重な資源もまた、奪い合われることから逃れ出て、自然が私たち贈ったかけがえのない宝として、共有し合われ、まるで、深い銘酒を共に味わうかの様に、分かち合われている。

北欧ラップランド、シベリア、アラスカ、カナダ、グリーンランド、アイスランド、そこに住む、古代からのサーミ人やエスキモー達。
ここの遊牧民にとって、国境は無意味で抽象的なものでしかなかった。
ただ、そこに住む人々の、自然の中に生きる生活があるのみである。
私は将来、従来の国境の枠を超えた、北極連邦が築かれればという願いをもっている。
それは、人間協和の、新たな先駆的な試みとなるかもしれない。

schale
ラップランド(フィンランド)にて
Canon 1Ds

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by schale21 | 2011-11-30 10:26 | Comments(2)
Commented by ★パリンドローム at 2012-02-03 20:41 x
 シャーレさんは詩人だったのですね、、、
 素晴らしいです。
 寒いところは大変苦手な私ですが
 風景は素敵ですね。
 気をつけて旅してください。
Commented by schale21 at 2012-02-07 08:18
パリンドロームさん、ありがとうございます。
ほとんど更新できておらず、心苦しいばかりです。
なかなか時間に余裕がもてないのが、辛い所です。


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