善と悪

https://www.youtube.com/watch?v=06vGPnfWHxM

度肝を抜かれてしまった。
このような演奏は聴いた事がなく、まさに、”空前絶後、未知未聞”である。
激高する奔流に、枯れ葉のようにもまれてゆくほかはない。
人生と歴史は、かのようにして開かれたのだろうか。
聴力を失ったベートーベンの胸中の音楽は、このフルトヴェングラーが拓いた境地とどのように重なるものだったのだろうか。

史上かつてない大戦争のなかで、戦勝への決意と民族的高揚、信ずる理想のために死を決意した若者たちの純真。そして、来るべき大破壊を前にしての、かつてないほどの祝祭的な輝き。

フルトヴェングラーは、ヒトラーの誕生記念祭として、この一月後に行われた演奏には乗り気ではなく、仮病を使ってなんとか避けたかったそうである。
だが、ナチスという悪の絶頂において、多くの最高の精神の輝きがあったことは、安易に論じられるべき事象ではないだろう。
それは、悪の本質とは何かに関わる問題である。
究極の悪と究極の善、そして、究極の芸術もまた星座の圏の事象である。
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by schale21 | 2014-08-19 08:24 | Comments(0)


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