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詩人の夢と賛歌       詩人、中嶋康博氏への感謝の書

 
”ニーチェはこの世界を美として見ることが、唯一の正当な方法だと云いました。しかし他の哲学者たちがこの世界を正当ずける方法に対してあまりに無関心であることをふしぎに思っていました。なぜなら、世界は幸いなことに美しいのです。
私たちの美に対する感覚が研ぎ澄まされてきたのは決して偶然ではないと思います。美とは一種の正当防衛だった。ーーー 余りに恐ろしい歴史を耐え抜くための” 

                                                                                            エルンスト・ベルトラム



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詩人の夢



少年が未来を夢見てゐる

その夢の果てに詩人となつた彼の手になる一篇の詩の中で


樹蔭に寝そべり  頬づゑをついて

少年は川面に映つた蒼穹に見入つてゐる

何を考へてゐるのだらう

どんな未来を彼に語らせるつもりで

深い沈黙を あふれる豊饒を 

詩人はこの風景に託したのだらう

せせらぎの歌に耳を傾け

樫の木の枝振りをあふいで 彼の見る夢は

もう 少年の日の夢ではないのだらうか


真に大きな精神の所在を

自身の破滅を賭けて

ほの暗い  あの青空の高みに索めて歩んだ人

薔薇色に燃え上がる燎々たる予感を生きた

それからの詩人よ  私はあなたの敗残に泪したのだつた

あなたが登りつめたあやまちは

独り気高く成長し

一滴一滴しぼられた悲しみが 幾筋もの支流をつたつて

淘々と一本のゆたかな河に合流した

そして何度もためらひ  久しく淀んで

やがて鹹いみずからの故郷に帰つていつたのだと――



私はこれからもあの輝ける詩篇の数々を

胸に仰いで生きてゆくだらう

あなたの昔夢見た天の系譜  昼の星座の数々を

小川のほとり 暗緑の樹蔭に休らふ

詩の中にとぢこめられた 永遠に孤独な少年と一緒に

その運命の強烈な照りかへしに 必ずや目をしばたかせて


                          中嶋康博詩集より







そして老いた詩人の夢


それから私は、一つの詩篇に驚かされて、再びの歩みのために、 今はもう 傷つき、緩んだ膝を立ち上げる。
若く鍛え上げられた 拳闘家との格闘に、 再び赴くために。

彼はこの老いた拳闘士を 完膚無きまでに叩きのめすだろう
そして 世代の交代を知らしめることだろう
彼は私の顔面を打ち砕き、関節を破壊し尽くすかもしれない。
そして、最後はきっと、殺してしまうことだろう。

打ちのめされ、地面に倒れ、今は朦朧とした意識の中で、存在の確かさを知らせる陰の長さに驚き振り返り、歩んだ道程の長さに驚嘆する。それは同時に、残された時間の僅かさを知らせていた。
そして同時に、成し遂げられるべきことの意義の深さと、戦い抜かねばならぬ運命の厳しさも。

だがそれでも、あらゆる苦悩は喜びとなって私を満たしている。
何故ならそれは、私が決意した道であるから。
惨めな敗残も、虚栄の栄光が決して成し得ぬ、永遠の未来への価値を産み出し続けることを知っているから。


schale



中嶋氏の作品に触れると、誰にもまして、あの青春の詩人、立原道造氏と、彼が軽井沢や信濃追分を舞台にして詠った詩篇の数々を思い起こします。
何よりその純粋さにおいて、二人の作品に通ずるものがあるのは確かかもしれません。
しかし、高い精神の建築を組み上げることなく夭折した立原氏とはちがって、中嶋氏は、戦後から現代にかけてのこの崩壊しきった日本の精神界の只中で、たった一人屹立しつつ、その孤独を歓喜にさえ変容し享受しながら、見上げるが如き高い足場を築き上げ続けて来られたのです。まるで漆黒の世界の中で、一人黙して灯火を掲げる無名の勇者のように。
そしてそれは誰人も及ばぬ、さらに遥かな高方にまで突き抜けようとしています。
そうです。今日のような世界においては、孤独と無理解はむしろ恵みであるばかりか、真実の価値を産み出すための絶対条件であるとさえ言えるでしょう。
中嶋氏の堅実さ、誠実さがそれを可能にせしめたのかもしれません。

中嶋氏はこの詩篇、”詩人の夢”を私に紹介してくださるにあたって、ドイツ西南部、シュバルツバルトの画家、ハンス•トーマの作品を示唆してくださいました。
しかしトーマの描いた1871年の黒い森の光景は、今日の野蛮な”文明社会”ではもうどこにも見つけることはできません。
それはゴーギャンが探し求め、描いたタヒチの女性達と光景の純真が永遠に失われたのと同じ喪失であり、アングロサクソン文化、カルビン主義の功利主義と拝金主義、物質主義によって席巻された今日の世界の悲劇性を物語っています。
2015年は、世界の歴史の分岐の一つとして刻まれるかもしれません。
それは、崩壊しゆく世界と、新たな精神文化の興隆との激しい闘争を意味することであり、もう一度、私たちが夢見ることの意味と重要性を噛みしめることでもあります。



文、写真 schale
camera
Phase One DF, P30+
Canon 1Ds初代
Canon 5D2
撮影地
南部、東部アイスランド
ニーチェの愛したジルヴァプラーナ湖畔
スイス、アーラウ市郊外
スイス、ブリエンツ湖畔

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by schale21 | 2015-02-08 11:16 | Comments(2)
Commented by k7003 at 2015-02-09 08:37
究極の写真サイトに恵まれました。喜びでいっぱいです。ありがとう。(^^)/
Commented by schale21 at 2015-02-10 08:30
k7003さん、ご訪問ありがとうございます。
それは過分なお言葉ですが、ノンビリと続けて参りたいと思います。


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