ハムレット


無条件で、無償で矜らかな貴公子!
その完璧な美しい形姿は
絢爛たる舞踏会を飾るにこそふさわしい。
今は併し、勝ち誇る暴力の支配の世界に、
剣をとって対決する火炎の意志。
完全な孤独にも馴れきったアウトサイダー。

ーーーー

その狂気のため、
貴方の高貴さは群鴉の中で
一そう高く輝き、
抑圧された青春の憤怒の爆発薬は
炸裂して一切を吹きとばそうとする。
が今日はただ忍耐が全てである。

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ああ、墓場の中のハムレット!
このすぐれた思想に対して、
ドアクロアも羨望のため赤面する。
御身こそ、全ゆる不可能の越境者、
未知未聞の魂の領域の支配者よ。
ときにはふと憂愁と哀惜と恋が
あなたの行方に立ち塞がる。
そのために人はしばしばあなたを、
怯墮にして逡巡する実行への
不能者であるとはき違えた。

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ただ亡父に対する私怨の復仇のためだけではない。
世界の不正に対する嫌悪と嘔吐が
凡て克服し難い悪への挑戦が
短い美しい生命を
革新の剣を抜くことに賭けしめる。

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かくて全世界と対決し、
世紀を変革する劇的行為があった。
たとえ死の中にも
私達のために失われた
大地を回復しようとして。
喇叭を鳴らせ、銅鑼を打て。高々と。
『偉大なる、シーザーともなるべかし王子』のために。
彼は私達の存在の位置を決定し、
新たな火を点じ
未来への星をかかげた。
          
           芳賀檀 『ハムレット、ドンキホーテ』より



明けの明星は一人夜明けを告げて消えてゆく。
ちょうど宵の明星が、壮麗な銀河の夜を告げて輝くように。
あまりにも早く未来を知り、あまりにも深く真実を知った者の孤独と挑戦は、胸を打つ悲劇であり、感動をもたらす美である。
それは私達が日々、気づく事もなく触れている自然の営みであり、世界の真実そのものである。
日常とは、峻厳の真実から目を逸らす事で成り立っている。
しかし時に、美はまた、未来を告げる鐘の音であり、私達を導き叱咤する希望の星であるのだ。

schale

撮影 schale Canon 1Ds

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峻厳なアイガー
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月光に輝く深夜のシュレックホルン (4200m)
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by schale21 | 2007-03-31 07:40 | 詩と文学 | Comments(16)
Commented by Capucci-mm at 2007-03-31 07:45
日本にいても同じ月を眺めてました、不思議な感じがします(^^ゞ
最後の山と夜空・・・・こういうの撮るのが夢なんですよ。
もっとも登る事自体が私には難しそう(^^ゞ笑
Commented by schale21 at 2007-04-01 06:22
Capucciさん、いつも早いコメント恐縮です。

最後のは山小屋で撮ったものですが、氷河上のえらい難道で参りました。笑
小屋でこの5年間の宿泊記録見ましたが、日本人は僕が二人目。
小屋の管理人さんはたまたま近所の人で、この写真はその人にあげました。今シーズンは小屋にかけてあるかもしれません。
Commented by こじろう at 2007-04-01 07:42 x
期末の納品案件を終えて今家路です
今年は東京の花たよりほとんど撮れませんでした(涙

今日は帰って寝ますorz
Commented by stf_y at 2007-04-01 23:06
「日常とは、峻厳の真実から目を逸らす事で成り立っている」という言葉が、私が以前から抱いていた考えの一つを見事に表現した言葉だと思いました。
なお、私はこれを「人間は目隠し無しには生きられない」という表現をすることもあります(ただし、半ば軽蔑と、半ば自嘲を込めたものだったりしますが・・・・苦笑)
Commented by schale21 at 2007-04-02 06:06
プラトンのあの有名な洞窟の比喩を思い出しますね。

ハイデッガーは日常を死を忘れたもの、また死を自覚し、瞬間瞬間に全力を捧ぐ生命、決意をDa-Sein(企投された人間存在)の本来的ありかたと表現しています。
インドのリュガーナ(竜樹)の考察をみなもととする大乗仏教では、如来(仏、あるいは生命)を如如として来たるものと表現していますが、ともに現象学的な考察を背景にした通じる考え方と思います。
コメントありがとうございました。
Commented by schale21 at 2007-04-02 06:24
こじろうさん、Oh my Gott!
体が大事です、どうか気をつけてください。
お疲れのところご覧いただき恐縮です。
時間ができましたら更新楽しみにしています。
Commented by lord-shiva at 2007-04-03 06:07
ひんやりとした空気がとても気持ちよく、青の深さに吸い込まれています・・
おはようございます。今日も相変わらずの黄砂日和です。
Commented by marim at 2007-04-03 06:50 x
schaleさん、はじめましてこんにちは(^-^)
ご挨拶が送れてもうしわけありません。
いつも立ち寄ってはいたのですが
たくさんのお写真と文章を読むのに時間を必要といたしました。
schaleさんの世界にひきこまれてしまいました・・・
schaleさんの撮られる写真は
うまく表現できないのですが
心の中の旅の1シーンのように思えました
さりげない風景は見ていて気持ちがよく
marimも一緒に旅にでかけているように思えます。

月光に輝く深夜のシュレックホルン 
月の光でこんなに山がくっきりと浮かんでみえるのですね。
月の光に負けていない星の輝きもステキです。
こんな風景撮ってみたいです(#^^#)

またこちらに立ち寄らせてくださいね。
これからもどうぞよろしくおねがいいたします。
Commented by bono at 2007-04-03 20:49 x
こんばんは。
アイガーや4000m級の高所の景観、ただただすごいとしか思えないです。
こちら北海道の山とは明らかに違いますね~(当たり前ですが:笑)。
生を拒絶しているような、厳しさを感じます。
若いときは、このクラスの山も登ってみたかったですが、
↑のアイガーの姿!写真の迫力だけでも尻込みしそうです(笑
そんな険しい所からでも、空を仰ぐと同じ月や星が見える。。。
そういう事に思いが巡ってしまうschaleの写真って、魔力十分ですね^^
Commented by adriatic-sea at 2007-04-08 05:00
こんにちは。
コメントをいただいてからずいぶんと時間がたってしまいましたが
こちらにもお伺いしてみました。

夜空の星に山。
なんとも幻想的ですばらしいですね。
山は登れないかもしれませんが、
スイスは一度訪れてみたい土地です。
Commented by palms-7 at 2007-04-17 22:05
自然とリズムを合わせ共に生きようとする者、
近代化や利便性を語り自然を押さえつけ破壊する者・・
同じように生まれてきてどこで変わってしまうのでしょうか・・
神を信じる者も居れば、神になろうとする者も居る・・人はつくずく業の深い生き物ですね。
お写真のような自然を身近に感じながら育てば自然と共に生きることの豊かさや素晴らしに気付くのでしょうね~
Commented by schale21 at 2007-04-18 05:56
lord-shivaさん、遅くなりました。
黄砂はひどいらしいですね。なんでも伐採 による砂漠化が原因だとか。人間がもたらした災いであるところに意味を感じてしまいます。
Commented by schale21 at 2007-04-18 05:59
marimさん、ありがとうございます。湖をテーマとした作品など、自分のものと通じる感性を感じるのですよ。広角使いの技術はとても及びませんが。ご訪問感謝です。
Commented by schale21 at 2007-04-18 06:03
bonoさん、私もいつもbonoさんの雄大な作品拝見してるのですが、なかなかレス出来なくて申し訳ないです。
ガイドさえつければ、北海道の冬をご存知の方なら、大抵の山はいまからでも登れますよ。
アイガーは写真の北壁はともかく、東壁からは登頂可能です。是非一度ご検討を。笑
Commented by schale21 at 2007-04-18 06:05
adriatic-seaさん、ご訪問ありがとうございます。
僕にとってもアドリア海は憧れの地です。
旧ユーゴの戦争前にドブロニックに行く機会を逃しいたのが今でも悔やまれます。
Commented by schale21 at 2007-04-18 06:14
palmsさん、僕のほうでもごぶさたしてます。
西洋文明の根幹が、人間が神にとって替わろうとした心理にあるというのが僕の持論です。
その神とはしかし、ユダヤの神であり、慈愛の神ではなく一神教のあまりに厳格な厳父の神であり、絶対的な権威、力の象徴である神です。
カトリックのマリア信仰は、恐らくその厳格過ぎるイメ−ジを少しでも女性的なものにする知恵だったのでしょう。
そして神の姿の淵源は、残虐で力強い肉食動物に対する畏敬と恐れにあるのではないかと。

人間が生き残るには、この肉食獣の神に対する信仰を、人間的なものに対するものに換えるしかないと思っています。


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