2006年 03月 13日 ( 1 )

Seyn

Sein ー ザイン、西洋の哲学はギリシャ以来、このザインを中心に回っている。
英語ではbeにあたるが、英語圏ではこの概念はニュアンスを若干異にする。
日本では”存在”と訳されるが、概念そのものがない。
この国(日本)には、そもそも形而上学(哲学)そのものが存在しない。

わたしは西洋2500年間、多くの思想家を悩ましてきたこの問題に、簡単に答えを出そうとはおもわない。
しかし、あえて言うなら、このザインは”現象”と置き換えてもいいかもしれない。

現象の基になるものがザインではないかという疑問もあろう。しかし、この現象そのものこそ、本質であるととらえるのである。

この世を仮象の世界と捉えるプラトン以来の考え方ではなく、さらにそれ以前の古代ギリシャや古代インドの哲人、大乗仏教哲学にも見られる考えかたである。
近代では、現象学を唱えた、フッサールもこの考え方に近い。

仮称の世界の背後に最高のものを想像し、探し求める必要は無い。
私たちが日々目にするものこそ、最高の真実であり、美であり、価値である。
大地から伸び上がる木はそれを象徴している。

この世は可能性ー現象 の世界であり、運命と呼ばれるものもまた同じである。
どの可能性を選びだすかは私たち自身なのだ。


撮影、Canon 10D, Lens EF24-70mmF2.8
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by schale21 | 2006-03-13 21:46 | 詩と文学 | Comments(5)