カテゴリ:平和への構想( 11 )

”はじめて出会う平和学”を読んで

”自由はただ、決意と勇気によってのみ守られる。真の勇気は希望のないところにも不動である”
                   芳賀檀
”平和学とは平和に関する学問ではなく、平和のため、平和を創造する学問である”
                   児玉克哉

チベットの争乱のニュースが世界を揺るがしている。
中国政府がチベットの独立をゆるせば、火の手は台湾、新彊ウイグル 自治区等にも飛び火し、ひいては目覚ましい経済発展を遂げる沿岸部と、内陸農村部との争いにまで発展しかねない。中国の歴史の半分は、中央政府の強権が緩んだ時代の分列国家状態であったことを思う必要がある。
思えば、この国の共産主義革命とは、中国人の家族主義に基づく、独特の個人主義的メンタリティー克服の試みでもあり、一種の精神革命の試みでもあったのかもしれない。革命時代の強力な精神的指導者を失った今、時代はまた大きな試練をこの大国に課している。
しかし争乱のニュースは中国からだけではない。
ガザを中心とするハマスとイスラエルの闘争、イランを廻る政治的駆け引き、イラク、アフガニスタンから発せられる悲惨なニュースの数々、今だ冷めやらぬバルカンの闘争、独立後の混乱を制しきれず、混迷の道を歩むアフリカ諸国、コロンビアを廻る南米の不穏なニュース。
これらの多くに共通する事は、裏に民族問題、国境問題を孕んでおり、その根は20世紀の争乱の中に撒かれたものであると言うことである。
よく、第二次大戦は第一次大戦の延長であり、その根はさらに普仏戦争、ナポレオン戦争、さらには30年戦争まで遡るとまで言われる。戦争は次の戦争を呼び、その循環は止まる事を知らない。
人類最悪の世紀である20世紀に撒かれ残された課題は、そのまま現代の人類的課題として、私達の生存を脅かしている。
それは、もう一つの人間の戦争である環境問題においても顕著である。

この難局を乗り切るには、私達自身を変える他はない。私達は病的なナルシズムに満ちた自己賛美を止めて、その過去を反省し、その目標と理想を洗い直し、立て直す必要があるのだ。
私達が寄って立つ科学においても、その転換が迫られている。科学は科学のためにあり、モラルの面では中立であるなどというのは、古びた19世紀的な幻想にすぎない。
すべての科学、そして芸術などの文化は、平和という目的に奉仕すべきである。
平和学こそ、そべての学問の基礎であり、未来の総合科学である。
なぜに人間は戦争を行い、それを正当化し、また、自然に対しても闘争を挑むのか。また、それはどのような方法によって克服が可能なのか。
それこそ、人類が追求すべき最も緊急の課題であり、その解明を通して、全く新しい人間存在の地平を開くことが可能となるであろう。

日本では平和学という学問の名前すらそれほど知られていない。
それは、大学において講座すら満足に行われていないからである。独立した学科として講義が行われているのは、今だ一部の大学にすぎないという。
だが平和学は、大学のアカデミーでのみ研究される学問ではなく、広く社会の中に行われるべき学問でもある。
その意味で平和学は、広く万人に開かれた学問であり、市井の庶民がそれに触れてこそ、はじめて本来の意義を持つ学問である。また、それは万人の中に研究されるものであり、真理を知った碩学が、無知な市民に教えを垂れるというような古びた権威とも無縁である。真理は社会の中に、歴史の中に、自然の中に、共々に研究され、確立されねばならない。

難解な問題を難解に語る事は容易ではない。だが、もっとも多岐的で難解な問題を平易に語ることは芸術に等しい。
この短い書物の中には、珠玉の思想が籠められている。

著者はいう。
”平和学とは希望を創りだす学問である”
この言葉ととともに、原爆の炸裂の惨劇を逃れたロウソク一本の灯さえない地下壕で、新たな生命を産み出す母と、最後の命を絞ってそれを介護する産婆の逸話が語られている。
絶望と希望は共に人間の所作であり、それは極限のドラマでもある。
医師であり、高名な作家であったハンス カロッサは、やはり命を賭して子を産んだ母の挿話を書いている。
難産のため苦しむ若い母に、医師は告げる。
子をあきらめればあなたは助かる。だが、産めば、子は助かってもあなたが命を失う。
母は、なんのためらいもなく子の命を救う事を願い、息を引き取る。居合わせた医師や人々は、その厳粛な光景に息を呑み立ち尽くし、言葉もなかったという。これは作家の体験に基づいた実話である。
原始仏典にも同じ話がある。
旅を続ける娼婦である母は、幼い子とともに渡ろうとした大河の流れに呑み込まれてしまう。
子を離せば自分は助かる。だが、子を見捨てる事が出来なかった母は、共に大河に呑み込まれて沈んでしまう。
しかし、そのエゴを超越した生命の力により、死後、共に天上界に産まれたという。
いずれも、弱肉強食、強者生存という、現在の自然科学、経済学でうたわれていることとは対極の世界である。
思えば、もっとも子や家族、身内の生命を尊び、時にはそのために自信の命すら危険にさらす哺乳類が、地球という生命の進化の頂点である事実こそ、この現代思想の誠に手前勝手な解釈の誤謬を語っているのではないだろうか。

”幾万人が死んだというような抽象的な数字ではなく、私たちは被害者の個人の悲劇に注目しなければならない。それを忘れるなら、平和学は単なる軍事学になってしまう。人間の生命の尊さを出発点として積み上げられる理論こそ重要なのである”
これは偉人の言葉と思う。
平和学は涙の学問である。そして平和学は復讐の学問である。
その堪え難い悲劇性を体験し、なおかつ、真っ正面から向かい合う勇気のあるところに平和学は産まれる。
弱者、敗者への同苦なくして平和学はありえない。それは偽善の同情でもなく、センチメンタルで弱々しい感傷でもない。
それは悲劇のまっただ中に飛び込む勇気と、悲しみを背負ってなおかつ前に進む力を必要とする。
感性、想像力の枯渇こそ悲劇の根源である。なぜなら、一人の母、一人の妻、一人の夫に思いを致す時、いかなる抽象化の理論も力を失い、いなかる戦争も正当化することはできないからだ。
平和学の父とも呼ばれるガルトゥング博士の出発点も、父をナチスに殺害されたところにあるという。
そのため博士は、戦後も数十年にも渡って、ノルウェーからイタリア旅行の際も、ドイツを通らず避けて遠回りをしたという。戦争と暴力に対する闘争という、人類の不可能に挑む戦いは、ひとつの復讐の執念から始まったのだ。それはまさに人間自身の中に潜み、歴史を支配してきデーモン(魔王)との闘争である。

本書ではその他、環境問題、移民問題、女性差別問題、防衛問題など、もっとも難しいテーマを正面から取り上げている。
すべては未来を築くためである。
驚くべき事にこの書物は、増刷を重ねてある種のベストセラーともなっているという。
人々が本当はなにを欲しているかかいま見る思いである。
平和こそ人々が希求するものであり、暴力礼賛、財産と資源の一極集中による貧困と破壊など、誰も欲してはいないのだ。メディアこそそれに気づくべきである。平和と希望の創造はある意味、単純で容易いことでもある。

schale


”はじめて出会う平和学”は、平和学の入門書として、児玉克哉博士、佐藤安信教授、中西久枝教授の共著として有斐閣から出版されています。定価1900円。

写真、文、schale
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by schale21 | 2008-03-17 10:19 | 平和への構想 | Comments(16)

マウトハウゼンのウサギ狩り  Mühlviertler Hasenjagd


世界で悪いことが多いのは、悪いことばかりを報道するからだ。世の中には善や善人も大勢いる。本来はそういう行動を報道すべきだと語った人がいる。まったくその通りと思う。

オーストリア北部、リンツの郊外で、チェコ、バイエルン国境にほど近い場所にミュールフィアテルという所がある。ミュールフィアテルは、峻険なアルプスに囲まれた国土の中で、美しい丘陵地帯の続くオーストリアの穀倉地帯である。この地には、かつてのナチス強制収容所、マウトハウゼン収容所がある場所として知られている。
ポーランドのアウシュビッツや、バイエルン州のダッハウと同じように、収容所は現在でも歴史の証人ともいえる文化施設として保存されている。

オーストリアとナチスとの関係は複雑である。
ナチスに半ば強制的に併合されたオーストリアだが、被害者の側面と、加害者としての側面とが相互に絡み合っている。政治的併合は強制的ではあったが、故国に進駐するヒトラーを、国民擧げて迎え入れたのも歴史の事実である。1000年近くにわたって、革命も宗教改革もほとんど経験してこなかったこの国の国民は、ローマ教会、ハプスブルグ皇帝、ヒトラーと、圧倒的な権威、権勢を持つものには素直に従った。その意味では、我が日本の国民も同様である。

マウトハウゼンの収容所では、主に東部戦線で捕虜となったロシア人将校たちが収容されていた。
戦争末期の1945年、冬、この収容所で歴史的な大事件が起こった。
マイナス8度の厳冬の中、500人ものロシア人捕虜が収容所からの脱走を企てたのだ。
一部はすぐに捕獲、射殺されたが、300名あまりが付近の森などに逃亡した。
すぐに突撃隊、正規軍、ヒトラーユーゲント、また付近の住民などが駆り出され、逃亡者の捜索にあたることになった。出された命令は、一人も生きて返すなであった。生きた捕虜を連れ帰った者は激しく非難された。
二月の厳冬の中、粗末な囚人服しかなく、多くは靴もなく、食物もなく、森の中を逃走し生き延びることは不可能であった。ほとんどの者は発見され次第、その場で射殺された。また、凍死、餓死する者も多かった。組織的な捜索は3週間にわたって続けられ、捜索はうさぎ狩りと名付けられた。
だが、この残忍なうさぎ狩りを生き延びた者がわずかながら存在した。彼らは終戦の日まで命を長らえ、故国に帰郷することができたのだ。

うさぎ狩りに駆り出された村人たちにとって、ロシアの将校や青年たちは、なんの関係もない見知らぬ兵士、今は惨めで哀れな、武器も持たない痩せこけた囚人にすぎなかった。
ここで村人たちの行動は二つに分かれた。
一つは、ここぞとばかりに、人間狩りをうさぎ狩りと称して残忍な追跡を楽しむ者。
ここでは残虐さは権威づけられ、賞賛される。なにも善人ぶる必要はない。いくら非人間的な行動をしても、咎められるどころか栄誉とされるのだ。普段は堅実で真面目な村人たちは、非情な殺人者となった。容赦なく、厳冬の川や雪深い森の中を逃げ惑う囚人達を射殺した。
だが、そうでない者、たとえ命令でもそうは出来なかった者達もまた少なくなかった。
彼らは逃走者に食事を与え、衣類を与えた農民達であった。その幾人かは、自らの危険を顧みず、農家の納屋や屋根裏にかくまった。捜索がくるたびに、干やがる思いをしながらも、言葉も通じぬ敵国の捕虜をかくまった。その一家の若者は、昼間は自ら捜索隊の一員として駆り出された。うさぎ狩りに参加せねば、反逆者として投獄の危険があったばかりか、逃走者をかくまう家族にも嫌疑がかかったからである。

そんなある若者は、偶然橋の下で瀕死の捕虜を発見する。それは飢えと寒さで見るも無惨な姿であった。彼は発見したのが自分一人と確かめると、密かに食事と衣類を恵んでやろうとする。だが、すぐに村の隣人である同僚に発見されてしまう。
”お前何やってんだ”、普段から内気で優しい青年の性格を知っていた隣人は、彼をせき立て、だまって捕虜を連れ去る。
”だってお前かわいそうだと思わないのか、お前、人間の暖かみないのか”
”何いってんだ、こいつは捕虜なんだぜ、おい、いくぞ”

やむを得ず、ともに部署に連行するが、その先で何故生かして連れてきたのかと非難を受ける。命乞いをする捕虜を容赦なく射殺するナチス将校に耐えかねた若者は、この男がいったい何をしたと叫び、自ら数日間収監されてしまう。
青年の母と妹は、二人の捕虜の世話をしかくまっていた。やがて、各農家の内部まで捜索の手が及び始めたのを察し、自らのみならず、かくまう優しい一家をも危険にさらすことを案じた二人の捕虜は、自ら農家を後にすることを申し出る。だが、老いた母は言う。
私も人の母です。あなたのお母さんも、あなたが生きて帰ってくることを祈っていることでしょう。だからここにいなさい。

やがて春になり、ロシア軍はすでに国境をこえて、ウィーンに迫っていた。
こうして終戦の日まで、9人の捕虜が生き延びることが出来た。

これは名もない農家の庶民の英雄的な実話である。
この世で偉いのはいったい誰であろうか。人間の序列は何かが狂ってはいないだろうか。
そして、尊いとされることも、本当の勇気、優しさとはなんであるかということも。


注 ミュールフィアテルの逸話は1994年に、オーストリアのAndreas Gruber監督のもとに映画化され、多くの人に知られることとなった。映画”Hasenjagd” は、1995年、12万人の観客を集め、この年のオーストリア映画最大のヒットとなったが、ドイツ語圏以外では、ほとんど知られていない。



文 写真 schale
Camera Canon 1Ds
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by schale21 | 2008-01-26 05:59 | 平和への構想 | Comments(6)

ノースウッド計画 Operation Northwood

”軍産複合体の経済的、政治的、精神的影響力は、全ての市、全ての州政府、全ての連邦政府機関に浸透している”
               アイゼンハワー


数年前のドイツでの調査で、9月11日の事件を報道されている通りの、イスラム過激派によるテロ事件と信じている人はむしろ少数派と言う結果だったと記憶している。すなわち過半数以上の人が、この事件には消極的、あるいは積極的に政府が関与していると感じており、また恐らくは、自国ドイツ政府も正確な情報を持っているが、公表されていない感じていたということである。そして現在ではこの数字はもっと高いかもしれない。おしなべて大陸西欧諸国民が事件に対して持っている印象もドイツと同様である。

一見してこの結果は、西ヨーロッパでの大手マスコミ報道に対する国民の慎重な態度とも受け取れるが、実際には、国民の大半は国益に添う限り、自国報道機関の発する情報には妄信的であることに変わりはないと言う側面もある。
この事は各国の利権と思惑が交錯し、欧州連合の中枢である独仏間でも利権の対立があった、バルカン紛争に関する報道、および国民の態度でも明らかであった。とりわけ、コソボ紛争におけるNATOの直接的、攻撃的軍事行動では、欧州の矛盾は噴出し、専門家、政治家の間で多くの議論を呼んだが、国民の大半は、自国の利権に基づいた報道に疑問を持つ者は少数であった。今日ではしかし、コソボでの経験から、NATO(アメリカ) から独立した指揮権を持つ、EU統合軍の設立が本格的に議論されている。
すなわち西ヨーロッパ国民の大手報道機関に対する不信は、むしろアメリカ政府と、それが発っする報道に対する不信と理解する事ができる。

ノースウッド計画は90年代後半に、アメリカの情報公開法(FOIA)によって知られる事となり、アメリカの著名なジャーナリスト、James Bamfordが発表したNSA(National Security Agency)に関するベストセラー、Body of Secrets(超極秘防諜機関、NSAの解剖学)においてもその詳細が紹介された。この書物は各国語に翻訳され、ヨーロッパの各書店でもベルトセラー本として書棚を飾った。
計画はすでに50年代に練られており、実行が検討されたというが、アイゼンハワー大統領が反対し実現しなかったともいう。その後、CIAが主導してカストロ政権の転覆を計った有名なピッグ湾事件の失敗を受けて、本格的なキューバ侵攻を企てるペンタゴンが、侵攻の口実とするために詳細に練り上げたものである。

計画では、フロリダを中心とする亡命キューバ人の殺害、ミグ戦闘機によるアメリカ民間航空機への攻撃、米軍艦の撃沈、米軍基地へのテロ攻撃、ワシントンなどでの民間人への銃撃等による無差別テロ攻撃、これらの事件をカストロの命令よるキューバ人テロリスト、及びキューバ軍によるものとするためのマスコミコントロールなどが取り上げられている。計画書の署名には、後にNATO欧州軍最高司令官として、コソボ空爆の指揮を執り、大統領候補(民主党)にもなったクレイク将軍の名もあると言う。

民主主義の根幹は、いうまでもなく民意のコントロールにある。その役目を担うのは教育とマスコミだが、内戦を克服した安定した民主主義国家では、攻撃性はしばしば外部に対して向けられる。この数百年間、もっとも多くの紛争を引き起こしたのは、イギリス、アメリカであることを忘れてはならない。またこの両国はプロテスタント国家でもある。現在の民主主義はプロテスタント的個人主義、営利主義に基づいている。
株の乱高下が世評を賑わしているが、このシステムを編み出したのも、自らは富を持たず、植民地経済で潤ったプロテスタント国家、オランダである。
すでにこの個人主義は破綻に瀕している。
私達はこの古い民主主義を克服して、全体(環境)と個がより調和した、新しい民主主義を必要としている気がしてならない。

文、写真 schale
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by schale21 | 2008-01-25 05:36 | 平和への構想 | Comments(4)

平和への構想

ガルトゥング博士のインタビュー

先日(11月)の毎日新聞の記事に、敬愛するノルウェー出身の平和学者、ヨハン ガルトゥング博士(Johan Galtung)へのインタビューが掲載された

(http://mainichi.jp/select/wadai/heiwa/talk/news/20071126ddf012070019000c.html)。

博士は自分がもっとも影響を受けた現代思想家の一人であり、私の友人と交流もある。
博士は構造的暴力という画期的な理論で知られ、平和学の父、創始者とも呼ばれる。また、政治的影響を受けない、真のノーベル賞ともいえるAlternative Nobelpreis, - Right Livelihood Award -(RLA)の受賞者として知られている。

”1945年、第2次世界大戦が終わって以来、アメリカは世界で67回の軍事介入を行いました。また35人の各国の指導者暗殺を企て、あるいは暗殺しました。それから分かっているところでは、アメリカは1945年以降25カ国に空爆をし、11カ国で拷問を行い、国内選挙に介入したのが23カ国です。選挙を操作するわけですが、その23カ国のうちの1つが日本でした。ですから、この原理主義、イスラム圏の原理主義のワハブ派に対してどんなに厳しい批判をしても、とてもアメリカのやってきたことの比ではありません。”

博士は、その他、先住インディアン殺戮の歴史など、当のアメリカ国内でも平気で繰り返し講演するような勇気のある人であるが、学生たちは、顔を背けてほとんど聞かないそうである。

毎日新聞のインタビューの内容は、このような世界的大学者に対するものとしてはあまりに稚拙で、影響の大きい大新聞での紙上ということとあいまって、どのようなレベルで回答すべきか博士も迷われたことであろう。
だが、もとより知日家で(奥様は日本人で、日本の各大学で積極的に講演、教鞭の場を持つ)、視野の狭い近視眼的な日本の知的状況を知悉しておられる上、また、紛争研究の現場でのあらゆる階層の人々との対話の経験から、状況に合わせた上で、もっとも価値的な回答を引き出すことにはさほど苦労はいらないのかもしれない。

その中で博士は、もっとも根本的な問題についてこう端的に語っている。
 ガルトゥング ”その国特有の文化、ものの考え方ですね。ディープ・カルチャーつまり「深層文化」は紛争の形態や解決に大きな影響を及ぼします。たとえばアメリカ民族の深層文化は、世界は善と悪から成っているという二分法の考えです。自分は善だからアメリカに従わないのは悪だと決めつける。一方、日本民族は善と悪という発想法ではなく、上下関係でものを考える。このためアメリカによる占領下で、日本は人類史上もっとも従順な国でした”
私が戦争と平和の問題を考える上でもっとも注目するのがこの文化の問題である。そして、文化の根底には宗教、あるいは宗教的世界観がる。
単純な例では、アメリカ合衆国は原理主義者によって建国された国であり、この国の政治、文化を理解する上で、その点を無視するのは全くのナンセンスである。
また、日本や北アジアでは仏教、儒教的な背景から、文化的な寛容さが、明確な悪に対しても寛容な文化を作り出し、正義の観念のない、ある意味、節操なき態度を生み出している。いずれも暴力に対する抵抗力と言う観点からすれば、暴力促進、あるいは暴力容認につながっており、無力な文化であるといわざるを得ない。
戦争と暴力、平和の問題は人間存在の根幹に関わることであり、この視点で考察するようになってから、私の人間とその歴史に関する疑問の多くに回答の糸口を見いだせるようになった。それほど根本の重要な問題である。

また博士は、憲法9条について、”平和憲法といわれていますが、私に言わせれば憲法9条は消極的平和を謳(うた)っているにしかすぎない” と回答している。
これも、平和とは何かという博士の平和理論の根本に関わるテーマである。
日本にはたして武装防衛という唯一の現実的手段をとることが可能だったか、あるいは今後そうなる可能性はあるのかといった政治分析は別にして、今後、消極的平和といわれる点については多くを語っていくつもりである。

--最後にアジアの安定のための方策は。
 ”ガルトゥング 現実にとらわれずにニューリアリティを築き上げていくことです。かつて戦争をしあった国がまとまったEU(欧州連合)という、お手本があるではないですか。ここは東アジア共同体をつくって、共通の通貨を導入することです。日本と韓国と北朝鮮それに台湾を含めた中国との共同体は、EUに比べて人口的にはもっともっと大きくなる。日本にとって大事なことは、これらの国に協力関係を強く働きかけていくことです。つい先日、韓国の済州島に行ってきたのですが、東アジア共同体の本部として素晴らしい立地条件だと思いましたね”

今後、年内(2008年)にも起こるかもしれないドルのさらなる崩壊と覇権通貨からの脱落によって、世界的な通貨統合の流れはより加速されていくだろう。将来はドル自身も米大陸(あるいは北米)共通通貨に統合されていくかもしれない。
だが、人々の知識が”常識”となるのは、大抵、その事象が現実となって、さらに古びた過去のものとなる頃に起こるものである。ちょうど人々が、アメリカの凋落が始まった時、その繁栄を信じ、覇権を受け入れたように。
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by schale21 | 2008-01-05 07:49 | 平和への構想 | Comments(2)

平和への構想

平和学について
”平和学とは健康と病気について研究する医学に等しい”趣意
       ヨハン ガルトゥング

他の動物と同じように、先史時代より人類は生き延びるためにあらゆる努力を重ねて来たが、その最大のものは戦争に関するものである。武器を発明し、政治的手段を発達させ、時代に応じ、あらゆる戦略、謀略を重ねて来た。ハンニバルやアレキサンダー、ナポレオンを待つまでもなく、歴史上のもっとも讃えられた優れた天才達の多くも軍略家達だった。
精神的指導者であるバラモンを頂点においた古代インドを例外として、社会の指導的立場にあったのも常に軍人達であった。
おしなべて、人類の才能と資産のほとんどは、戦争とその準備のために注がれて来たといって過言ではない。
だが、戦争を回避するための手段とその研究、そして平和そのものについての考察は、仏陀や孔子、イエスやマホメット、カントなど幾人かの天才思想家を挙げうるばかりである。
そればかりか、イエスやマホメットの思想はかえって新たな紛争の口実として利用された。貧者の救済と、社会的正義の実現を夢見たマルクスの思想もその運命は同じであった。
だが人類は今、”生き延びるために”、戦争のための手段ではなく、平和のための手段とその研究を必要としている。
その実現のためには、おそらく、人類が今日、軍事研究に注ぐ費用と才能の一万分の一で足りるものかもしれない。

平和学は20世紀半ば以降の、ごく最近産まれた新しい学問である。
ひるがえって、人間がいかに長く軍事研究にその精力を注いで来たかを思えば、たったそれだけで、人類という種がいかに病んだ種であるか伺い知るに十分である。さらに言えば、平和学という名称そのものが、平和とは研究に値する”特殊な状態”であることを婉曲に語っているともいえる。本来は”戦争学”であるはずである。
この事実に目を向けるだけで、人間にとって戦争こそ日常の状態であり、平和とは戦争と戦争の間の”停戦状態”に過ぎないことが見てとれる。実際、古来の多くの思想家達も、この停戦状態の実現を前提として思考を進めていた。これでは、人類とは、殺戮の欲求に取り憑かれた精神異常者であるとの烙印こそふさわしいものと言える。
平和学とは、この病の根源の解明と治療法に関するものであるといってよい。
それは精神的な病であり、今日、私達を滅亡に追いやろうとしている最も危険な病である。
そしておそらく、人類史上、最も多くの命を奪った病である。
だが、患者は、多くの精神異常者がそうであるように、自らの病に気づいてはいない。
動物学の分野でも、人間の殺戮に対する欲求のありかたとその規模は異常である。にも関わらず、私達は、日々、自らを美化し続けることに夢中になっている。

この治療法の研究のためには、人間のあらゆる知識を動員せねばならない。それは人間そのものに関する学問だからだ。
大学で研究される現在の学問分化の基礎は19世紀に作られたものだ。
すなわち、今だ我々は、19世紀的な学問体系の系図の中にいるといえる。人類にとって最も重要な基礎体系である平和学のためには、この古びた学問体系はなんの役にも立たない。
社会学、政治学、経済学、史学、地政学、考古学、生物学、動物学、文化人類学、生理学、心理学、宗教学は平和研究の基礎学として動員されねばならない。実際、これらの研究は、重要な軍事研究の資となっている。ここで平和研究と軍事研究は、その目的こそ異にすれ、ほとんど表裏一体の姉妹学であることが見て取れる。
おそらく、現在でもっとも平和研究のための施設と研究者、実績をそなえているのは米軍であろう。実際、近年の多くの紛争への軍事介入に、もっとも反対した専門機関も米軍である(バルカン、中東)。
それは近年の紛争が、ただ政治的手段としてのものだけで、軍事的な意味をもたないものであることを物語っている。米軍の研究レベルが、生き延びるためのもっとも効率的、現実的な手段が紛争回避であることを知る段階に達し、既得権益の代理人である文人政治家よりも、紛争問題専門家である軍人政治家の方が平和的な解決を望むという皮肉な事態となっている。

自分のいう平和学とは、このような極めて包括的な研究を指している。またここで、戦争、紛争とは、何より心理的態度のことを指しており、いわば人生の生き方の問題といってよい。つまり、人間が世界と自分の人生向き合う向き合い方のことを言う。
この意味で、人間はその環境(地球)に対しても常に交戦的状態にある。
現在、大学や様々な研究機関では、平和学はおもに国際政治学の一部として扱われているが、国際関係論で扱う平和学は、医療でいえば処方箋にあたるものにすぎない。それはなぜ人間が暴力を好み、戦争と暴力を美化し、取り憑かれたように自己破壊にいたるまで止めようとしないのか、その病理の解明に役立つことはない。それは多分に心理学や宗教学の問題でもあり、また、他の動物との比較においては動物学や、また考古学、人類学上の問題である。しかし、政治学上の理論と実行が、現場の臨床的な対処にもっとも不可欠な要素であるのも論を待たない。
このような包括的な研究を行う研究者や機関は少なく、そのためには膨大な予算、総合的な研究を統括する指導者の存在が不可欠である。
問題を最も多角的に捉える一人はガルトュング博士である。博士はこの分野の創始者の一人であり、現在でも第一線の研究者でもある。

人類が暴力と平和の問題の考察通して、諸学の統一的な
Universalenzyklopädien(総合的知識体系)を手にすることが可能となるかもしれない。
だがそのためには、戦争とその温床である暴力と殺戮の賛美は許容されず、科学において価値の中立性は認め得られない、すなわち暴力は悪であり、平和は善であるというモラルが科学の中に持ち込まれる必要がある。
これは何も、画期的なことであるわけでも中世への回帰でもない。現在でも科学は、一神教の神に奉仕している。その発想の基準は一神教的思考に基づくものであり、それゆえ、価値(モラル)の中立を持ってその本質を隠している。
神に奉仕しているのは、ビッグバン理論だけではないのだ。

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by schale21 | 2007-12-27 12:05 | 平和への構想 | Comments(6)

変動の時代 3

神、野獣、神話の中の国家

’流血の聖書を閉じることは至難の業である。
何故なら毎夜聖書は血をもって書き足されている”
    芳賀檀  ”アテネの悲歌”より

世界には様々な不思議な事があるが、その最大のものの一つが、他ならぬ殺人に関するものである。
しばしば肉食と殺戮、とりわけカニバリスムスと殺人は祝祭的な喜びを伴って行われてきた。

歴史の進展とともに、個人の殺人は許されざるものとして制限されたが、人間が持ちうる最大の権限である殺人権は、のちに国王と国家に委ねられた。
殺すという権利は、他のものに超越した、他者に振るいうる最も絶対的で最高の権利である。人の命を奪いうるということは、全ての権利に超越している。
個人としての殺人が許されないのは、それが”人間”として行使しうる権利の範疇を越えているものと認識されているからに他ならない。
つまり殺しうる権利を正統に持ち得る者は、人間を越えた存在ということになる。
それは古代から現代に至るまで、人間ではなく神に属する権利であった。

近代社会では、国家にのみ殺人が許されている。それは戦争と死刑を指しているが、この二つは共に、人間の上に君臨する絶対者の権利の行使であるという点で同じである。

そして最も不思議なことは、国家の持つその権利を人々は自明のものとして受け入れ、問題にされることがないことである。
すなわち、国家の持つ権利は絶対的で、無批判な存在である。

もう一つ、この無批判性という特異な性格を持つものがある。
それは神である。
神は絶対的な存在であり、その権利が疑われることも検証されることもない。
その権利に疑いを持たれるとき、神は神ではなく地上の存在(不滅ではなく、死を持つ、滅する存在)となる。
ここに神と国家が事実上同義であることが見て取れる。
すなわち、国家の権利とは神の権利に他ならない。それは地上の全ての権利に超越し、いかなる批判も受け入れない、完全に無反省な存在である。
国家概念が出来る前(18世紀)、その権利の保持者は王であった。
それ故、地上の王は、しばしば神の代理人(古代において王はしばしば司祭であった)、あるいは神の権利を受け継ぐもの(王権神授説)であった。
それは神に替わるものとしてしか、殺人の権利を行使し得ないことを知っていたからである。

では、いったい神とは誰なのであろうか。

神の性格、特質を考えてみよう。
彼は残忍である。そして絶対的に無反省である。自らの誤謬を問う事は神の本質に属さない。その本質は批判を受け入れない絶対性にあり、その由来と出生が問われるとき、神はその地位と意味、権力の本質を失う。

彼は驚く程短気で激情的である。そして気分屋である。
好悪の情が激しく、愛する者には寛容で柔和だが、気に食わなければいかなる厳罰も躊躇することはない。そして、しばしば激しい好悪の情は同じ相手に向けられる。場合により、一国家、一民族の殲滅も稀ではない。
そして、彼の権力は、この絶対的な暴力と罰する力に裏付けられている。


ーーーーーー

人類の歴史をひもとくとき、興味深い事実が浮かび上がる。
類人猿であった我々の祖先は、比較的安全な樹上生活を捨てて、サバンナの平地に降り立った。
そこは豊富な獲物に恵まれた環境であると同時に、自らが強力な肉食獣の獲物に容易になりうる、危険極まりない選択であった。
そして恐らく、この勇気ある決断に人類の多くの秘密が隠されているのかもしれない。

木を降りた我々の祖先は、大型肉食獣の格好の獲物であった。
足は遅く、強い顎も爪も持たない。
近代や現代においても、住民の大半が虎やライオンの餌食となって没落した村落は、インドやアフリカに後を絶たない。
ある類人猿の調査では、ヒョウなどの大型猫類による幼児期のからの殺戮は、個体の半数を越えるという。
我々の幼児期において、もっとも恐れる悪夢は虎やライオン、熊、狼などの肉食獣動物の餌食になることである。この幼児の持つ悪夢は、世界の民族に共通するものであるという。
これは我々自身の生命の歴史の記憶を語っているにすぎない。

しかし、古代人にとって、これらの恐るべき肉食獣はまた、畏敬すべきライバルでもあった。
我々の祖先はまた自ら狩人でもあったからだ。
その強い力と俊敏さで獲物を狙う姿は、同じ獲物を追う者にとって強い憧憬の的であり、また競うべき存在でもあったことだろう。
このライバルにして、畏敬の存在、そして何より、自らの命を奪う、逆らい難い恐るべき力を秘めた超越的な存在。
野生に生きる祖先達にとって、大型の肉食獣はまさにそういう存在であり、力と権力の象徴であった。
現在においても、世界の国旗や地域の旗、シンボルなどに最も用いられるのが、野生の肉食獣達のモチーフである。
古代、中世においてはその傾向はなおさらであった。
熊や虎、ライオン、大型の猛禽類。これらが国家や共同体の象徴とされるのは偶然ではない。

この人間の野獣に対する憧憬、畏怖と、神に対するそれはあまりに酷似している。
そしてなによりその性格自身も。
すなわち神の本質は野獣である。
彼の恣意的な暴力と絶対的な無反省性は、そのことを指し示している。

人間社会において近代化とは、世俗化の異名に他ならない。
宗教性、神秘性は陰を薄め、理知的、合理的、論理的な思考とシステムが取って替わる過程である。
しかしそれは権力の行使と、実行のあり方の変更であって、権力の本質そのものにかかわるものではない。その本質、権力それ自体は今だ問いとして発せられることはなく、疑義を挟まれるこのない自明のこととされている。それは聖なるものの領域である。
それが、殺人が人間の最大の犯罪であると認識されていながら、国家の戦争権が疑問とされることがない、解き難い矛盾の秘密なのだ。
つまり、国家の本質と殺人権は、未だ神話の中の事象であり、宗教的な絶対性、無批判性を伴っている。

合理性を重んじる、英米などのプロテスタント国家においても、国家のみは聖なる存在である。
人々はその信仰を、宗教的なものであるとすら自覚していない。
神の権利を引き継いだ国家。この国家の名の下に犯罪は正当化され、驚くべき、想像を絶する残忍さが容認される。それは合理ではなく、神話的な出来事であり、血をともなう祝祭である。

殺戮と祝祭。戦争に伴う熱狂。
第一次大戦の勃発においても、欧州諸国では、熱狂的な昂揚と喜びに満たされた。
それは多くの戦争において同じであった。まるでコロッセウムのグラディアトーレ(剣闘士)をめぐる熱狂のように。
それは温かい血がしたたる肉を食らう、動物の熱狂に他ならない。


注 類人猿時代からの、神、野獣と人間の心理を廻る考察は、ある女性社会学者、ジャーナリストの思索から刺激を受けたものです。
またここで指摘する神とは、主に一神教(ユダヤ教)的な性格の神であり、東洋的な多神教の神、シャーマニズムの神々(日本の神道、古代北欧ゲルマンの神話、ギリシャやローマの神々、インディアンの自然神信仰など)では状況を異なる場合が多い点、さらに、後に、大乗仏教の影響を受けたであろうイエスやマホメットが、あまりに厳格に過ぎる神(ヤーベ)に、より人間的な性格をそこに盛り込もうと試みたことも考察する必要があります。

写真、文、シャーレ
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by schale21 | 2007-11-14 23:37 | 平和への構想 | Comments(6)

変動の時代 2

英米文明の衰退
'Apres l'Empire'

21世紀に入り触れた書籍の中で、もっとも刺激を受けたものの一つが、フランスの社会学者、政治学者として知られるエマニュエル トッド氏の有名な著作である。
アメリカの来るべき没落を予言したこの書物は、11Septemberのテロ事件、そしてその後のいわゆるテロ戦争を通して国際的にもすっかり有名なものとなった。
これが書かれたのはテロより前であっただけに、反響は一層大きなものとなった。

その中で最もユニーク且つ深い洞察は、帝国の崩壊の前兆を示す最重要な統計項目として、識字率や出生率と並び、幼児死亡率を挙げていることである。
著者によれば、これらの統計が示す数字は、経済学者達が政治的影響を受けて流す経済統計、政治予測よりも遥かに重要であり、一国の真実の姿を如実に、そして残酷に映し出すものだとしている。
これらの統計はまた、氏が70年代半ばにソ連崩壊を予言した際にも基礎となったものである。
冷戦真っただ中、世界を二分する超大国の一角と思われていたソ連の崩壊を予言するものなど当時は誰もいなかった。
それだけに、アメリカの覇権の喪失を予告したその言説は、非常な重みをもって受け止められた。
だが、この米国の覇権の喪失の本質とはいったいなんなのだろうか。
自分はそれは、大枠での英米文明の衰退の一環であると捉えている。

人間の歴史は概ね殺戮と簒奪の歴史である。
だが、その中でもより好戦的、破壊的な文明、国家もあれば、より調和的、平和的な文明もあった。
後者の例が古代エジプトとすれば、その対極が古代ヒッタイト、あるいは近代西洋文明である。
そして、ビザンチンや中国、インドの文明はその中間的な性格と言えるかもしれない。

ユーラシアの西端、ヨーロッパ半島の歴史は複雑である。
今日の西洋文明は地中海文明の継承者であることを自認しているが、実体は地中海全域から中東、インド北西部まで、密接な関係を持って連なる古代ユーラシア、地中海文明とは多くの点で異質なものである。
その断絶を最も決定づけるものはキリスト教であり、もう一つはその性格、種族がより北方的なものであることである。
日沈む国、西洋の文明は中世に産まれ、古代や東洋の遺産を吸収しながら、急速に発達した世界でもっとも若い文明であるといえる。

この西洋のさらに西端にある島、ブリテン島は、大陸に拠点を築くことは叶わなかったが、大陸諸国との海外での競争に打ち勝ち、海洋国家として早くから世界貿易を支配した。
同じく西欧の辺境にあり、その略奪行為で旧大陸のみならず、グリーンランドから新大陸まで席巻した北欧民族が、その後急速に歴史の舞台から消えたのとは対照的に、英国の繁栄は数百年間続いた。
その繁栄の根幹は奴隷貿易と海賊行為にあった。自ら富を生産しない者が繁栄し生き延びるには、他の者が持つ富を奪う以外にない。
この苛烈な人身売買は、残酷極まりない人類史の中でも、近代の最大の汚点の一つといってよいだろう。
中南米においてはこのため、現地の住民はヨーロッパからの細菌の移入とあいまってほぼ絶滅した。

19世紀の初頭、清国は今だ世界の富の半分以上を生産する経済超大国であった。
近代以降、これと比肩しうるのは第二次大戦直後から、60年代までのアメリカ合衆国だけである。
海洋国家として、世界に植民地を築いた英国は、この清国に貿易として提供しうる生産材は何も持たなかった。
輸入超過と銀の流出に悩んだ英国は、アヘンを東洋の植民地で生産し、清国との貿易にあてることとした。
これに反発した清国との間に起こったのがアヘン戦争である。
同じく、優れた文明大国であったインドでも、半島内の抗争に乗じて全域を支配に収めることに成功した。統治上の最大の関心事は、国を二分するイスラム教徒とヒンズー教徒を反目させることであった。団結したインドには、島国英国は勝ち目はないからである。
これと同じ巧妙な手段で、中東、アジア全域に渡り影響力を行使し続けた。
その影響は中東に、アジアに、アフリカに今も深い傷跡を残しながら続いている。

20世紀の二度の大戦はその英国を疲弊させ、その覇権は米国によって継承された。また英国は陰に陽に米国内に影響力を維持する事で、米国の陰に隠れながら覇権の一部を維持してきた。
そして、このかつての植民地にして最大のライバルでもある米国は、様々な面で英国の手法の継承者でもあった。その最たるものは内部の分裂を煽る事による分轄統治の手法である。
反目しあうユダヤとイスラム、イスラムとクリスチャン、シーア派とスンニ派、左派と右派の対立、そして冷戦、これらはみな近代になって人工的に造られた伝説であり、手の込んだプロパガンダの成果にすぎない。
数百年続いた英国、そして米国の覇権によって世界は様々な形で分断された。
意図的に作り出された分断と反目は、あたかも数百年、数千年も前からの事実であるかのように喧伝され、今日の”常識”となった。

プロパガンダで大衆を操作するには、大衆の教育を制限せねばならない。彼らは決して自分の頭で考える利口者であってはならない。また大衆は手段であり、決して目的であってはならない。
このような哲学は、ソ連崩壊の後、あたかも時代がフランス革命以前の状態に遡りして、新たな階級社会の出現を想起させるようだ。
実際、フランスでの市民革命から、ソ連崩壊までの200年に渡る一つの時代が幕を閉じ、新たな激動の時代に突入したといえるだろう。

米国の製造業は衰退し、国家も個人もクレジットの山となったが、崩壊前のソ連と同じく、盛んなのは軍需産業である。それ故、彼らは紛争と危機を必要としている。紛争と危機は常に新たに編み出されなければならない。冷戦後のあたらな長期戦争は対テロ戦争と名付けられ、それは今世紀一杯続くともいわれている。
だがその背後には、迫り来る気候変動に備えた、食料と水、エネルギー確保に向けた長期戦略も垣間見える。
その過程でアメリカという国家は劇的に衰退するだろう。だが今日、そこでは”国家”を本気で問題とするものはいない。革命前のヨーロッパと同じく、”階層”の繁栄こそ問題となっている。国家はその隠れ蓑にすぎない。

かつて暴略を極めた北欧は、世界でもっとも平和的で福祉的な社会を実現した。
人類史上、例のない殺戮の歴史を刻んだ欧州は、その社会民主主義的発想と高い教育環境で、二度と地域内紛争と暴力のない社会を実現しつつある。
エマニュエル トッド氏の予言通り、新たな欧州が、紛争と分断、略奪を基とする英米的価値観に取って替わる勢力となるとき、もう一度歴史は大きく動く事になるだろう。

by schale
schalephoto@yahoo.co.jp


17世紀に書かれた聖書  友人の所有
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by schale21 | 2007-10-22 09:30 | 平和への構想 | Comments(8)

変動の時代1

”人間の歴史は幸福の歴史ではなく、限りない悲しみと涙の歴史である”
 ヤーコブ ブルクハルト

 歴史の誤謬

人間の常識には多くの誤謬がある。その誤謬はしばしば破壊的である。
そして、その多くは自らの歴史に関するものである。

誤謬の第一は、人類の先史時代、さらにさかのぼって類人猿の時代の自らの姿を、獰猛な動物に素手と粗悪な武器で立ち向かう勇敢な狩人として書いた事。
実際には、戦う力の弱い彼らは、大型肉食獣の格好の獲物に過ぎなかった。
この悲しく、受け入れ難い事実は、今日にいたるまで、人間の歴史と心理に大きな陰を落としてきた。
もう一つの破滅的な誤謬は、人類史を犯罪の歴史ではなく、概ね美しいもの、あるいは向上の歴史、意義に満ちた歴史として描いてきたことである。
いずれの誤謬も、自らを美化したいという心理に基づいている点で共通である。 

凶悪犯罪者が自らの罪の重さを自覚する事は容易ではない。
絶対的な力を持つ他者からの強制がないならば、なおさらのことである。
そして、自らの罪を自覚する能力が絶対的にないものは、もはや犯罪者ではなく、精神異常者である。
精神異常者を罰する事は意味を持たない。ただその暴力が猛威を振るう事がないよう収監するほかはない。でなければ屠殺の道である。

ーーーーー

もしこの宇宙に他の優れた文明があって、彼らがこの惑星を眺めたらなんと思うだろうか。
人間はこういった考察の基に、多くの映画を作り小説を書いて来たが、その内容の多くは、アクレシブな宇宙人が我々を侵略し、それに勇敢な地球人が応戦するというものだ。
だが、果たして本当にそうであろうか。
第一、そのような攻撃的な文明は、他の惑星系に移動出来るほど高度に発達する前に、自らの内紛で滅びてしまうだろう。
攻撃と征服を義とする文明に、未来はありえない。
その攻撃的な宇宙人の姿は、我々自身の姿を映したものにすぎない。

地球を眺める宇宙人はきっとこう思う事だろう。
”おお、人類とはなんというアクレシブで残酷な種族だ! 過去にネアンダータールのような競合する種族を絶滅に追いやり(仮説)、今また、地球の環境と生物そのものを簒奪し、完全に滅ぼそうとしている。そして自らもその残虐な殺し合いの果てに、滅亡しようとしている。
彼らがもし自ら滅亡することなく、充分な技術を持ち得たら、きっと我々を攻撃し、富を奪い、容赦なく殺戮するに違いない。
今のうちに手を打って、この種族を滅ぼすか(死刑)、危険な武器を持たぬよう管理する(収監)ほかはない”

宇宙から見た人類は、精神に異常をきたした、残虐な猟奇殺人者、連続殺人者にすぎないことだろう。

我々を管理する、圧倒的な力を持った異星人を持たぬ以上、この犯罪の歴史に終止符を打ち、未来まで生き延びる条件の第一は、自らの犯罪の系譜を自覚する事以外にない。
歴史はその根底から書き換えられなければならないのだ。


お詫びとお知らせ
個人的な諸事情もあり、更新も不定期な上、内容も訪問してくださる多くの写真関係の方々にとって、つまらないものも多いかと思います。
いつも訪問してくださる方へ感謝申し上げるとともに、今後も不定期な更新となることをお詫び申し上げます。
(次回は写真家ラリー ウイリアムス氏、詩人、独文学者、芳賀檀氏について取り上げる予定です)
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by schale21 | 2007-10-22 09:23 | 平和への構想 | Comments(2)

永世武装中立


山岳民族の独立心が強いのは世界的な傾向である。
オーストリアチロル、ドイツバイエルン、コーカサスの諸民族、チベット、クルド人、みな独立を守るため、激しい戦いを戦って来た。

スイスの英雄、ヴィリアム テルは伝説上の人物であるが、多くのスイス人にとっては実在の人物である。(実在を信じる人は約半分?)
いずれにしろ、シラーの戯曲によって世界的に知られることとなったこの人物の人格が、スイス人にとってもっとも重要な”実在”である事に変わりはない。

様々な面で、世界でも特異な国であるスイスの特徴的なことの一つは、この200年間、戦争に巻き込まれなかったことである。ナポレオン戦争を最後に、戦渦を直接には被っていない。
このことは、その盤石さを象徴するかのような山岳景観と相まって、スイス人の心理に決定的な影響を与えている。
彼らに取って世界は変化しない不動のものなのだ。
焦土なった日本やドイツでは、いかなる物事も激変し、失われることを知っている。

スイスの武装中立概念は、多くの国で受け入れられ採用されているが、その為には、自前ですべてをまかなうための豊かな経済力、国民の自主独立の精神、侵略戦争に対する絶対的な拒否などが条件となる。
この国のプロテスタンティズム的な功利主義、現実主義は、その政策の実現と維持に決定的な影響を与えている。これは単なる政治政策の問題ではなく、国民の生きる為の哲学の問題といえるだろう。

アルプスの、不動に見える巨大な山々の多くは自然の要塞である。そこのは多くの地下基地が作られ、核戦争にも耐えられる準備がなされている。
一つの山全体が、巨大な基地なのだ。山腹からはカタパルトで、主要戦闘機のF18が運ばれる。その全容は外部からは知る由もない。
山中の滑走路は普段は開放され、人々にサイクリングやインラインスケートの絶好の場所を提供している。
地下に格納された航空機の離着陸の際にのみ、ゲートが閉まり閉鎖される。
それが終わるとまた、自由な出入りの場となり、そばでは牛が草を食む平和な光景が繰り広げられる。
ここでは平和と、それを守る為の軍事は、いずれも共通した境のない日常のものなのだ。
また、今日の世界状況で、高価な最新兵器やシェルターが、有事に役に立つ事を信じている人はいない。
だが、それを撤廃することを考えている人もまたいない。それは必要なくとも必要な、保険に似ているのかもしれない。

国民には銃が配られ、自宅に管理される。有事に備えたものだが、それによる事故、犯罪は皆無である。いかに国民の自己管理の意識が発達しているかの証左といえるだろう。

世界有数の優秀な装備と準備を誇るスイス軍。
戦争を事実上知らないその軍隊が、実戦でどの程度のものかはわからない。
しかし、テルの時代から、圧政よりは死という独立の精神は今日も変わってはいない。



写真はアルプス山中での航空訓練の披露ショー
会場は戦闘機機関砲の射撃訓練場。標高2400m。徒歩約2時間。


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by schale21 | 2006-10-13 08:25 | 平和への構想 | Comments(10)

ヨーロッパの統合、過去と未来

ヨーロッパが統合されたのは今日がはじめてではない。中世の時代にはローマ教会の権威のもと、全ヨーロッパは統一されていた。共通言語はラテン語である。

この問題を考えるには国家概念の推移を考えねばならない。

私たちが今日、自明のこととして納得しているものの多くを、私たちは太古の昔からそうであったと単純に信じている。
しかし本当にそうであろうか。

例えば、キリスト教徒とイスラム教徒、ユダヤ教徒は中東において、本当に何千年も前から妥協せぬ争いを続けていたのであろうか。
バルカン半島では、ずっと以前から民族間の激しい争いが、止む事無く続いていたのだろうか。
あるいは歴史は本当に進歩してきて、私たちが住む時代が最も進んだ時代なのだろうか。
そして歴史そのものの記述は、はたして信頼に足りうるものなのだろうか。

こういった迷信の多くは、時の権力を握るもののプロパガンダの成果にすぎないのではないだろうか。

国家の問題もまさにそうである。今日の概念での国家が生まれたのは、たかだか、この200あまりのことである。その直接の淵元はフランス革命と啓蒙思想である。

フランス国民軍を率いるナポレオンの軍団は、全ヨーロッパ連合軍を敵に回してなお無敵であった。
それはナポレオンの軍事的天才によるところが大きい。しかしより本質的な理由は彼の軍隊が、無名の庶民からなる国民軍であったことである。

軍事的訓練を充分に受けない、素人の軍団、しかし、その素人軍団は革命の理想と祖国を守るという熱血の意志に燃えていた。かれらは真に”フランス人”であり、フランスの概念と革命の理想を体現していたのである。同じ目的の達成のために死をも厭わない、内面からの団結の軍団。この軍団の前に、全ヨーロッパの諸候軍はなすすべもなかった。

この軍団の象徴こそナポレオンであった。ロシア遠征の敗退の際、はじめ数十万の軍勢が数千にまでなったとき、彼に従って、ついていったことを悔いるものはいなかったという。
凍結の川に橋を架け、仕事を成し遂げ、凍死する事を潔しとした。

諸国の軍隊はみな傭兵であり、彼らは職業として戦うのであって、理想を守る為に戦うのではない。
歴史にこのような例は多い。やはり革命の為に3倍の数の国王軍を破った、クロムウェル。
近くはレーニンの革命。中国赤軍による長征と革命の成功。ロシア赤軍のナチスに対する勝利(第二次大戦の連合軍の勝利の大半はソ連によってもたらされてもので、英米によるものではない。英米の貢献度はせいぜい20パーセント。これも一般的に誤解されている)これらはみな、軍事的奇跡である。

このフランス革命とフランス軍の勝利によって、歴史は大きく動くこととなった。
各国はフランスを真似て、徴兵制による、国民軍の創設に動きはじめ、また、国王ではなく、祖国に奉仕する人間の育成に励むようになったのである。いや、その前に”祖国”そのものを創設せねばならなかった。これが国家の誕生である。ドイツ統一のために献身したビスマルクはその象徴的存在である。

こうして、歴史は王族と貴族を中心とする、階級社会から、新たに考えだされた国家と言う概念を中心とする、より民主的な国民国家という方向に動き出した。

おしなべて、この民主的国家は、独裁国家よりも好戦的である点は注意して考える必要がある。ヒトラーの創設した、国家社会主義は、そのひとつの行き着く先で、民主主義の未来を象徴しているといってもよい。

今日のヨーロッパの統合は、この国家概念の超克への挑戦であるといえるかもしれない。

この緩やかな国家連合体、疑似国家は、人工国家の象徴である米国の最大のライバルである。その他のライバル、インド、中国、ロシアもいずれも他民族国家である。

小国スイスはやはり、他民族国家である。
今日EUが超克せねばならぬ多くの事を、経験として蓄積している。

近代国家概念の超克がEUの歴史的意義であるならば、スイスもその中立概念の一部を放棄せねばならぬ時が来ているといえるかもしれない。
そうではなく、新しい覇権国家の誕生であるならば、スイス国民の躊躇は故ある事となる。

国民投票の再度の否決にもかかわず、すでにスイスは事実上EUの一部である。
国連への参加は多くの人が賛同している。
それが是か非かは未来を担う私たち自身にかかっていることである。



Photo, Canon 1Ds, 一枚目、ベルン中央駅。EF24-70F2.8L
二枚目、EF50mmF1.4 、ベルン旧市街、時計塔
三枚目、EF70-200F4L、のみの市で演奏するバイオリン造りの若者たち。

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by schale21 | 2006-03-10 08:16 | 平和への構想 | Comments(3)