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薔薇のカデンツ

今はただ耐えること、耐えることが全てです
  ライナー マリア リルケ


神々の思惟は、ふと完美の姿に佇んで、
人間の思惟にまじわり、
目に見る光の深淵の姿に現れると云う
何処から来るのだろうか、あの重い光の顔貌。
たとえば子午線を越えた、真昼の太陽が、
誰はばかる事もなく、ふりそそぐをごりに似て。

ーーー

薔薇花よ。花咲くと言う、
未知未聞の出来事を、
告知する花よ。
新しい輝きの質量の只中に歩みて、
刹那刹那の驚きを、しかもなほ
優しさのあまり、悲しくて、眼閉じて、
身を慄すよう。
生まれ、死ぬ生命の出発の由々しさを、
腹に秘め心に決めて全身に
知る緩徐調(アダジオ)の素晴らしさよ。

ーーー

夢。この世のむごき、悲しみに、
途絶えがちな夢ではない。
眼に冴えて、真昼間に見る夢にこそ。
きびしくて、一点のゆるみなく、
おごそかに重ねて絃に、歌うがごとく。
荘厳なる銀の喇叭の、
尖塔を建つるがごとく。
全て秩序。ー 全て音と肉体の旋律の渦巻。
全て美の計算の分列の式典。
何という光の高等数学。なんという四次元の、
完全な法則が、花を開き、灯を点じるよ。

ーーーー

自然よ。この美の一点にあつまらんとして、
いかに多型を思索し、いかに永い試練を重ね、
いかに惜しみなく、生命を浪費し、
悲しみと別離の涙を溜めしことよ。
まことに、高々といま、掲げらるべき
惨苦の永遠の成果よ。

故に美は、その永い苦しみの故に、
互ひに出来事を知り、なつかしみ、招き合う。
又血縁の悲しみは、比類のない高峰のように、
寂寥の中に輝いてひとり、
ほとんど名状し難い追憶を訴え、語るという。

 芳賀檀 ”薔薇の悲歌”より”


ダーウィンの生存競争という概念は、生物学を越えて、人類の生き方、哲学に巨大な影響を与えました。それは今日の経済学に最も端的に現れています。

自然と宇宙の本質が、また人生そのものが永遠の戦いであることは疑う余地はありません。
しかし、それは本当に他者の幸福を奪い取ることで自らを養うという戦いなのでしょうか。
あるいは宇宙の本質は与えるための永遠の戦いではないのでしょうか。しかしこれは一つの仮説に過ぎません。

美は恐るべきものであり、それは極限の戦いの成果であり、決して易々と人を近づけるものではありません。
しかし、その戦いはちょうど太陽がそうであるように、無限の贈与への意志の結晶である気がしてなりません。
つまり、自然の意志の本質は、奪う事ではなく、贈与への意志にあると。

その戦いの本質は耐え抜くことにあります。
何故なら愛はそれ自体際限のない苦しみであり、自らを省みない惜しみない贈与であるからです。
”それにも関わらず世界は美しいのです”(エルンスト ベルトラム)と。

schale

Photo by schale
EOS1Ds, EF24-70F2.8, EF70-200F4

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by schale21 | 2007-02-01 09:40 | 詩と文学 | Comments(16)