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運命との闘争 第3回 早過ぎた天才 ジョルダノ ブルーノの英知と信念


”書物を焼くものは、いつの日か人間も焼くようになるだろう”
                 ハインリッヒ ハイネ


宇宙は偉大である。
それは人間自身のように無限で尊い。
人間と自然を抑圧し、貶める者は全て卑小な悪であり、嫉妬のなせる所行である。

ジョルダノ ブルーノ。
貴方の精神は、人類の青春そのものであり、あまりにも美しく、また早熟であった。
あまりにも勇気に溢れ、純潔であった。

直感を越えた直感、英知の中の英知。
300年の歳月を経てアインシュタインは、はじめて貴方やルネッサンスの天才達の正義を証明した。
かつて貴方を断罪した法王は跪き、私達に先駆けて逝った貴方の前に全人類が驚嘆の声を挙げる時が来たのだ。
絶対の権力さえ、一つの青春、一つの英知に勝ち得ないことを指し示したのだ。

宇宙と人間。
この一体の覚知こそ、未来への指標。
この指標に立ち返るとき、貴方の偉業はこれまでに増して、燦然と人類史に輝くことだろう。

schale


私にはいくつかの夢がある。
若き時から願ってきたその夢の一つは、いつの日か、ルネッサンスを代表するのイタリアの思想家、ジョルダノ ブルーノの殉教の生涯を戯曲に書く事であった。。。

西暦2000年。
21世紀の開幕を祝う年頭の祭典で、ロンドン、メルボルン、パリ、ベルリン、ニューヨーク、、、”先進国”の諸国では代わり映えのしない盛大で高価な花火が打ち上げられた。
それはこの文明の浅薄さと、刹那的に過ぎない価値観の象徴のように思われた。
未来の大陸アフリカではしかし、ブラックアフリカを代表する大詩人、ムチャーリ氏が、昇りゆく太陽に向かって未来の詩を詠詠と高らかに朗読する姿が、全世界に映し出された。
来るべき未来の人類の精神性が何処にあるか、如実に映し出されるような光景であった。

そして同じ年の初めに、もう一つの世界の精神史を刻む事件があった。
バチカンがガリレイ裁判、ブル−ノ裁判の不当性について公式に謝罪したのだ。
それは、西暦1600年のブルーノの火刑による壮絶な死から、ちょうど400年後のことであった。
だが、ブルーノの諸説の正当性と火刑そのものについては、いまだ見解は表明されていない。
今日にあっても、彼はローマにとってあまりにも危険な存在であることに変わりはない。

ルネッサンスの都フィレンツェ。
この地に立つ者は、誰でもイタリアルネッサンスの青春の息吹を胸に深く感ずることだろう。
フラ アンジェリコの天使の飛翔、ミケランジェロの不正を打つ怒りのダビデ、ラファエロの無限の抱擁。
ルネッサンスとはまさに人間が人間であることを、生命とは手段でなく、目的そのものであることを勝ち取るための戦いであった。

だがその戦いと成果は、造形芸術のみに限られたものではなかった。
この人間と教会と政治世界とが、最も堕落した時代に絢爛と花咲いた偉大な精神の革命は、何にもまして思想と精神の戦いであった。

画家や彫刻家はしかし、イエスや天使、旧約聖書の伝説の勇者の姿のなかに、人間の価値を描き出す事ができた。
誰にも知られず、教会の権威と惡、政治と人間の堕落に妥協なき戦いを挑む事ができた。
だが、一介の神学者、哲学者にとってその戦いは、即、死を意味するもの以外なにものでもなかった。

ブルーノが産まれたのは、ナポリ郊外の片田舎、1548年のことである。
後期ルネッサンスの芸術はすでに爛熟期を迎え、思想史の世界では、精神史上のルネッサンス運動ともいえる宗教改革の嵐がヨーロッパ全土を席巻していた。
科学の世界では、コペルニクス、ガリレイ等が、全ヨーロッパの精神世界を揺さぶる画期的な学説を唱え始めた時代であった。
ローマ教会の権威はその根本から揺らぎ、後の啓蒙思想、そしてフランス革命へと受け継がれるキリスト教の世俗化が、本格的にはじまった時代である。
その歴史は、また、ローマから奪った神の権威と力に、人間が取って替わろうという不遜な試みの始まりともいえる時代であったといえるだろう。
それ故、動揺する神の姿をどのようなものとして描くかは、後の歴史を決定づけるものであったといえるかもしれない。

ブルーノの思想は、端的に、イエスは人間であり、最も優れた人間の中の人間、模範の人ということであった。
またこの宇宙は、無始無終の、空間的には無限、時間的には永遠の存在であり、人間とその住む惑星である地球もまた、宇宙の中のありふれた存在、無数に存在する生命、文明の内の一つに過ぎないというものであった。
彼にとって時間と空間もまた、他のあらゆる存在と同じく相対的なものであり、無数の空間、無数の時間が存在した。
そして、輝く星達は、太陽と同じく自ら光を放つ恒星であり、太陽もまたその一つに過ぎないというものである。
なぜなら、神は無限であり、無限の存在である神が、有限の宇宙を創るはずがないからであるという。

コペルニクスの思想をいち早く支持したブルーノであったが、太陽ですら宇宙の中心ではなく、宇宙には中心はどこにもないと同時に何処でも中心であるとの思想は、コペルニクスをも遥かに越えて、相対性理論以後の現代に通ずる思想であった。
また生命を持つ惑星が、宇宙に無数に存在するという思想は、外の宇宙だけではなく、自らの”内面の宇宙”を達観した者だけが持ち得る思想であったといえるかもしれない。
それは人類の思想史上、ヘラクレイトスやエンペドクレスのようなソクラテス以前の古代ギリシャの哲人達、古代インドのウパニシャッドの思想家達、そしてそれを継いだ仏陀とその後継者の思想を想起させるもので、西洋思想史の中では全く特異なものであった。

しかし時代は宗教改革の最中。教会は異端の撲滅に全精力を注いでいた時代である。
ドミニク会の修道僧であった彼は、若くして当然のごとく、最も危険な故国イタリアを去らざるを得なかった。
パリ、ジュネーブ、ロンドン、ヴィッテンブルグ、フランクフルト、チューリヒ、プラハ
、、、ヨーロッパ全土に渡る彼の放浪と学究の旅がはじまる。
だが、彼の精神を理解するには、時代はあまりにも早過ぎ、そして人類の精神の暗黒の闇はあまりにも深かった。
すでにその才気と奇才な思想から、名の知られた知識人ではあったが 、いずれの地でも、伝統ある大学の教鞭に立つ夢ははほとんど叶わなかった。
新教の地、旧教の地、いずれからも受け入れられることはなく、むしろその卓越した思想と人格は、恐れられ排斥された。
彼の書籍を印刷する印刷業者は、迫害を恐れて、決して出版元が表に出ないように隠したという。
だがしかし、その反面、常識と権威に囚われない民衆と青年学徒には限りなく愛された。
そして、その心を揺さぶる言説こそ、権威にしがみつく以外生きるすべを持たぬ者が、最も恐れて止まぬものであった。

諸国を放浪すること16年。
その間、強い望郷の念に悩まされたという。
彼は、学術的な書物をはじめてラテン語ではなく、自らの母国語で書いた学者とも言われている。
その彼にも遂に故国イタリアの地を踏む時が来た。
だが名門バトバァ大学では、念願の故国での教職の機会は間近であったが、その職はガリレイに奪われる結果となる。
そして、ある有力な貴族の招聘でベニスへ。
しかしこれは、彼を異端審問にかけるための罠であったともいう。 

ローマの官憲によって、囚われの身となって獄中で生を送る事7年有余。
その間続いた詰問、拷問の数々。
だがしかし、自説を撤回すれば罪は免れるとの誘いを断固として最後まで拒否し続けた。
火刑に処される彼が最後に語った言葉は、”本当に恐怖に怯えているのは、何が真実か知っていながら不当な判決を下す君たちの方だ”
という恐るべき勇者の雄叫びであった。
当然のごとく彼の全ての書物は禁書となり、それは1965年の第二バチカン公会議まで続くことになる。

彼が何故にこのような思想を持ち得たのか、その英雄的な勇気と確信はどこから来るものなのか。
私は思う。それはダ ビンチやミケランジェロなど、多くのルネッサンスの天才達が知っていた事なのだ。
そしてそれは、決して新しいものではなく、古代の人類の知恵でもあった。そして未来の私達の知恵でもあることだろう。
だが、時代を突破した者の生は、あまりに大きな悲劇であった。
21世紀が、彼の精神と勇気の前に跪き、讃える時代となるならば、私達の未来もまた、開かれ、希望に満ちたものになるに違いない。


文、撮影 schale
Canon EOS 1Ds, 1Dkm2




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by schale21 | 2007-05-04 07:21 | 運命との闘争 | Comments(10)