「ほっ」と。キャンペーン

<   2012年 02月 ( 1 )   > この月の画像一覧

極北の光 2  サーミ人の揺かご

遊牧民に歴史はない。
それは歴史記述が欠如しているからである。
そこにはただ日々の生活と、それを支える文化があるのみである。

人間が、自らの事績を記録に止めるようになって以来のことを有史と呼ぶ。
前漢時代の文官、司馬遷や、地中海世界(当時の全世界)の歴史を綴ったヘロドトスは、人類最初の歴史家とも呼ばれる。
確かに、体系的に、また、歴史記述を一つの世界観の表明、あるいは一つのモラルの体系に基づいて記述したという意味では、現代まで至る、その後の歴史記述の先駆けとなったといえるのかもしれない。
つまり彼らは、歴史を一つの意志にもとづいて創造した最初の人間だったのだ。

しかしそこには、すでに体系的記述をなすにふさわしい、長い興亡と衰退の歴史があった。
彼ら以前の歴史は、しばしば神官等によって神話として記述され、あるいは聖典として、あるいは人類史に残る偉大な叙事詩として、今日の我々にまで深い影響を与え続けている。
しかし今日まで残るそれらの古代の神話の多くは、都市文明、農耕文明が産まれて後のものである。

農耕によって人類は定住文化を生み出した。
その狩猟、採集文化から、農耕、定住文化への移行は、人類の歩んだ最も劇的な変化であったと言われる。
おそらく、それに次いで本質的な変化は、産業革命、エネルギー革命によってもたらされたものであろう。

それ故、概ね歴史の始まりとは、この最後の氷河期が終わりを告げ、間氷期に入った1万年ほど前のこととされている。
この時に人類は、最初の都市とその城壁を築きあげ、富の蓄積をはじめ、それによって様々な専門的な職業集団を生み出し、軍隊を組織立て、権力の集中とそれに伴う権力行使の手段、その機構を生み出したのだ。

だが、この新しい文明はまた、恐らくそれまでにない決定的に新しい性格を有していた。
それは、自然を自らの意志に添うものとなるよう働きかけ、それと戦い、操作し作り変え、ついにはその支配者として君臨することを願うという性格である。
今日にいたるまで、仕事をする、あるいは何かを成し遂げるとは、概ねこの自然への操作、自然との戦いを指しているといってよい。

そしてこの働きかけを行わないものは、その行為にどんな努力を注ごうとも、どれほど純粋な動機に突き動かされたものであっても、通常の意味で仕事とは見なされることはない。
ここに自然は、克服されるべき困難、そのままでは人間に艱難辛苦をもたらす敵と見なされるようになったのだ。

私達は、歴史の記述において、また、文明の評価において、そして個人の行為の評価において、つねにこの基準を持ってしてその判決を下してきた。
つまり、人生の成功、あるいは力の行使などは、常にこの敵である自然との関係性の中で捉えられてきたのである。

すなわち自然は計画しうるもの、管理しうるものであり、その未来もまた、私達の手中にあると。
そして、ついにはその力の行使という理想は、その運命論的、決定論的思考に促されながら、遺伝子の改変の中に実現されようとしている。

私達はもはや、自然が私達に与えてくれた何物をも、もう感謝をもって、そのままでは受け取ることができないのだ。

そして今、全てを手にし、そして同時に全てから断絶した我々は、生きる屍骸となって、この惑星を亡霊のように徘徊している。
あたかも艱難の果ての勝利の歓喜の絶頂に満ちながら、自らが破壊した廃墟のただ中で、すべてを喪失し立ちつくす兵士のように。。。。

ああ、どうして涙なくして、この悲劇を堪えることができよう。
どうして、死に至るほどの痛恨に苛まれることなく、私達自身が産み出した惨劇と、この恐るべき孤独を支えることができよう。

すでに18世紀において、私達が歩む道が、決定的に間違いであり、惨劇をもたらす破滅の歩みであることを知るものはいた。
ルソーはその最初の一人であったのかもしれない。
ヘルダーリンやニーチェは、その悲劇を、自らの精神の崩壊を持って体現した。
ドストエフスキーやトルストイの叫びは、全存在を賭けたものであった。
しかし、彼らに本気で耳を傾けるものは皆無であった。

私たちは今、歴史の一つの終着点に立っている。
この非人間であることを強要される世界から、再び私達自身を取り戻すことはできるのであろうか。
また、再び、私達が奪わざるを得なかった生に対する感謝と、悔悛、そして責任の中で、自然からの贈与である富を分かち合う世界が、そして静寂な祈りに満たされ、許しを乞える日が来るのであろうか。


遊牧民に歴史はない。
それは彼らが、過去や未来にではなく、今に生きる人々だからである。


f0081988_1026327.jpg
f0081988_1026254.jpg
f0081988_10252548.jpg
f0081988_10245184.jpg
f0081988_1024591.jpg
f0081988_10231399.jpg
f0081988_10224687.jpg
f0081988_1022831.jpg
f0081988_10214261.jpg


写真 EOS1Ds EF24mmF1.4 EF300mmF2.8IS
ラップランド原住民、サーミ人の揺りかごほか
イナリ(フィンランド最北部、イナリ湖畔の村)の先住民博物館, キッティラ周辺にて
ここには他に、サーミ人議会がもうけられている。
[PR]
by schale21 | 2012-02-10 10:30 | Comments(9)