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快晴の山は確かに美しい。しかしどこか味気ない。突然の天候の激変は山にいく人にとっては、ときに命にかかわる重要なことがらである。
それゆえ登山家は、農耕に携わる者のように空と雲を眺める。


世界でもっとも愛され、多くの人に読まれている作家はヘルマン ヘッセである。
ドイツの黒い森にある、小さな美しい村、カルプに生まれ、のちに作家として成功してからは、その生涯の大半をスイスで過ごした。後にはスイス国籍も取得している。

二度の大戦に反対し、ナチスとも対峙した勇気の人である。スイス国籍取得にこだわったのは、そんないきさつも関係していたのかもしれない。

彼の少年時代、日がな一日、小川のせせらぎを聞きながら草原に横たわり、雲を眺め、その流れに見とれ、憧れていたそうである。その自由さ、形にとらわれない魔法のような、その形姿。
雲に旅立ちと郷愁、自由を感じた、幼い彼の感受性はそのまま、世界的作家となってからも作品として昇華された。

優れた水彩画家としても知られるヘッセ。彼が描いた光景は、やはり流れゆく雲の姿であった。
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# by schale21 | 2006-03-08 08:54 | 詩と文学 | Comments(15)

挑戦

広大なアルプスに人が挑むようになったのは、比較的最近のことです。
18世紀後半にロマン主義の影響で、自然を美として見る考えが西洋で生まれたからです。
自然に帰れと叫び、自然人のあり方を理想としたルソーの考えは、その先駆けといえるでしょう。

すでに古代において、自然の美を詠った東洋人、とりわけ日本人の感覚がこの点ではどれだけ先進的であったか知ることができます。
というより、近代西洋文明は唯物主義的な物質文明にその特徴があり、人間とその心理の解明にはほとんど力を注いでこなかったのが、この分野における後進性の原因の一つかもしれません。

いずれにしても、人間の挑戦の場として、今日では山は人を惹き付けてやみません。

純白の雪に最初のシュプールを刻む、目もくらむような急斜面に挑む。
雪崩をはじめとする死の危険との隣り合わせの挑戦に、今日も多くの人が挑みます。
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# by schale21 | 2006-03-05 06:53 | 詩と文学 | Comments(9)

夕暮れ

冬、とりわけ12月の日没は早く、山で夕日を楽しむには絶好の季節。その分寒さもこたえます。
しかしこういう光景を目にすると、それも忘れてしまいます。

荒々しい山肌に当たる夕日が次第に標高を上げ、山頂に近づく頃には里はもう漆黒の闇の中。
時の移ろいを垂直的に感じることができるのは、アルプスの峯の大きさを物語るもの。


”美すべて恐るべきものの始め”     リルケ

美は人があまりに近づいて、触れようとする時、その不可能なことを示してくれます。
それはこの山のように絶大であり、また触れがたいものであるからです。

ちょうど輝く星雲が、ほんとうはとてつもない核の放射であるように、その遥かな距離をもってしてはじめて美として感じることができるのです。
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# by schale21 | 2006-03-03 08:31 | 詩と文学 | Comments(3)

とりあえず

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いつまで続くかわかりませんが、とりあえずはじめてみました。

”乏しき時代に詩人は何の為にあるか” と問うたのは、近代最高の詩人とも言われる、ヘルダーリン。
200年後の核の時代に、その意味を問い直したのは、高名な哲学者、マーティン ハイデッガーでした。
ハイデッガーはまた、”すべての人間は詩人としてこの世に住んでいる” というヘルダーリンの言葉を手がかりに、深い思索を続けます。

我々の日常は、日々喜びや悲しみに満ちており、それは世界中のいかなる人も、貧しい人も富める人も、いかなる国の人も変わりはありません。

写真はそのことを如実に私たちに示してくれます。
人々と自然の営為を映し出すことは、人が生まれながらに”詩人”であり、詠うことを運命づけられた存在であることを教えてくれます。
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# by schale21 | 2006-03-01 07:37 | はじめに | Comments(7)

宇宙

黎明と日没は、私たちの住む地球が宇宙の一員であり、その崇高で犯しがたいリズムの中で生きていることを、もっとも美しい形で思い出させてくれます。
それが高山での出来事であればなおさらのことです。

それはまた、旅立ちと帰郷、出会(しゅっかい)と別離の物語でもあります。

撮影はスイス、ブリュームリスアルプ連峰
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# by schale21 | 2006-03-01 07:35 | 詩と文学 | Comments(0)

北壁

標高差2000m。この勇壮で恐ろしげなアイガー北壁の登頂は、現在でも一流登山家の証でもあります。
初登頂からすでに70年。多くの命を奪った殺人の壁。なにが人々を惹き付けるのでしょうか。

恐らく不可能の限界に挑むことは、人間に課せられた使命であり、本念的な欲求であるのかもしれません。
だからこそ人間は尊いともいえるのかもしれません。
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# by schale21 | 2006-03-01 07:34 | 詩と文学 | Comments(0)

森林限界

僕はこういう森林限界の風景が好きです。
この辺りは標高約1700m。ヨーロッパアルプス北面では森林限界にあたります。
ちょうど人間と自然の境界線、”限界の美”を示しているからなのかもしれません。

ここから上は生を寄せ付けない、極限の世界、砂漠と同じ風景が広がります。



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# by schale21 | 2006-03-01 07:26 | 詩と文学 | Comments(0)