ドンキホーテ


阿呆道化の彼、或る日全世界を
不正の手より開放せんものとて野に出で征く
               ーセルバンテスー

彼は全身善意に燃え、勇気に溢れ、
悪を撃ち、邪を拒けて、一歩も退かない。
夢想する至上の貴婦人の前には他愛無く跪き、
ことその虚無の実現のためとあっては、
凛冽全て現実の枠を踏み越え、
没落を前にし、没落に向かって、
敢唯として征く。
併し、そして同時に限りなく己を損害し、
いつも惨敗と汚辱に塗れ、しかも
敗惨は甚だ後世益し、変革した。
がついにえたものと云えば、嘲侮と憫笑と
底抜けの阿呆という栄誉だった。
 
ーーーーーー
丈徒に高く秀で、あくまで古燥、
ひたすら後世を祈るべき
不惑の年にして、なお突如
青春を奪還し、
敢えて痩せ馬を駆って、再び還らぬ
遍歴の騎士の旅の上る。
彼も又火炎にして、無条件の脱落者、
限りない世紀の突破者、越境者である。

ーーーー

行く所、いつもつばを吐きかけられ、
石を投げられ、棍棒、足蹴の打擲をうく。
しかもなほ、稟質高潔、性根は矜り高く、
夢は決して背を屈せしめない。
むしろ名状し難い壮気は
旺んにして天をつく。
俗界の腐敗堕落は
何の関する所があろう。懐にびた一銭貯えもないが
およそ遍歴の騎士たるもの
報酬のために戦わぬ云う。

ーーーーーー

昔、ランスロット、アマディス、ロランド等、
円卓の騎士らの伝説の虹が
恍として今、ラマンチャの荒野に紅く花咲こう云う。
ロマンははかなく、虚無の夢のみが完全である。
何故と云って、未来への夢、
多彩な高貴な夢の他に
現実も真理もない。

ーーーー

重なる現実の悲惨と、
とことんまでたたきのめす裏切りとは、
いっそう彼の心を高くかちあげるだけ。
まことに、無条件な、限りない献身にとっては、
遮るなにものもない。 ー それ故に、
現実と夢の隔てなく、
幻滅と幸せの見境ひはなかった。

ーーー
臆したか、サンチョウ奴!
群羊は敵の大群でないなどと、たわ言を誰が云う?
又たとえ吾が崇める
世にも貴なるドルキネアスの君を、
一度もかいま見た事なく、
凡そかき口説いたことがなかったとしてもよろしい。
人の眼とは夢を見るための器であって、
現実を映す鏡ではない。

ーーー

外部から見ればうつつけの阿呆の喜劇。
併し、道化者は又哀しい悲劇でもあった。

ーーーー

彼の撃とうと云う悪竜と巨怪は
いつも身の周りを、囲繞する
陰険奸策の徒であり、
卑劣にして、残忍な世俗であった。 
勿論彼もその多数者に対して、
惨めにも敗れ去る以外になかった。
しかもなお、彼の意志と夢は
限りなく健康であり、完全であった。

それはこの悪の砂漠に、
一点の希望の花を点じ、
ゴチックのいかなる尖塔よりも深く、
虚構の世を突破した。 

ーーー

所詮、不正をうつことは
この世では不可能だった。
併し、彼はついに失われた高貴の世界の王者であり
破れた、甲鎧、折れた長槍は、
かつて何人にも敗れなかった。
それ故に私はまるで刑場にひかれてゆく
イエスの姿を見るように、
あなたの前に跪き、涙ぐみ、
うなだれるのである。

 
    芳賀檀 『ハムレット、ドンキホーテ』より





”人間の眼とは夢を見るための器であって、現実を映す鏡ではない” 
ーー 何と言う美しい言葉でしょうか。
この言葉は,夢こそ現実であることを、またあらゆる夢が現実をなりうることを語っています。
また幸福が、常に希望を持つ者の側にあり、現実の嘆息に沈む者の側にあるのではないことも。
このあまりにも美しい詩の前に、いかに多くを学び、いかに多くの勇気を得た事でしょうか。
それは、人生に意義があるかとの問いかけに対し、いや意義があるのではない、意義を自ら与えるのだとの意志に等しい。

この世の正義と不正義が、この世の真の勝者と敗者とが、歴史で学んだものとは逆だとしたら、これほどの震撼すべき事柄があるでしょうか。
そうです、人間の歴史は不正と残虐の歴史であり、”限りない悲しみと涙の歴史 ー ブルクハルト” であったのです。
だがいかなる個人も団体も、自らの歴史と出生を正当性し虚飾しないものはない。
人間の悲劇の根源は、歴史家がその歴史を美しいものとして書いたことにあったと考えています。
つまりある意味、最大の犯罪人は歴史の審判者たる歴史家にあったのだと。
ランケもホイジンガーもヘーゲルもトインビーもこの罪を逃れ得ないでしょう。
古代の司馬遷やヘロドトスは、その後の人類の歴史をどのような絶望をもって眺めた事でしょうか。

しかし、現実と真実を見据えるリアリストの眼と、未来への理想を描く眼とは矛盾するものではありません。
なぜなら夢を見ているのは私たちの方だからです。
夢とうつつは逆であり、私たちが夢と呼んでいる多くのものこそ現実なのです。
そして全ての夢はいずれ”現実”となります。
それが恐らく”進化”というものの正体であり、原子爆弾も至高の芸術も、波濤を越えた未知への冒険の実現もかわりはありません。

人間のあまりにも残虐なその歴史は、いかなる詭弁をもってしても、いかなる高尚で難解な理論をもってしても正当化することはできない。
いや、行為を正当化せねばならぬそのこと自体がその不正義を物語っているのではないでしょうか。
嫡児の正当性を語ること自体が、その奪った王冠を物語っているのではないでしょうか。
あまりに多く自らを語りすぎるこの事実こそ、正義と不正、夢と現実が逆転しいることを雄弁に語っている気がしてなりません。

人間の歴史や文学、芸術、その優れた行為の中で、時折この真実を英雄的に雄弁に教えてくれる時があります。
その歴史を変えた ”人類の星の時間”(シュテファン ツヴァイク)ともいえるその瞬間こそ、本当に我々が模範とすべき学ぶべき瞬間なのかもしれません。

schale


schalephoto@yahoo.co.jp

撮影 schale Canon 1Ds
写真一枚目
ハプスブルグ最後の皇女エリザベート
マイヤーリングで自決を遂げたルドルフ皇太子の娘。第一次大戦の引き金を引いた皇帝フランツヨーゼフ2世の孫娘。
皇女に生まれながら離婚のあとオーストリア社会党の幹部と再婚。波乱の生涯を送る。彼女が過ごした最後の邸宅にて。

写真四枚目 
1953年エベレスト初登頂を遂げたネパール人ガイド、テムジンの遺品のナイフと彼の兄弟。友人の登山家の所有。

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by schale21 | 2007-03-15 09:19 | 詩と文学 | Comments(2)
Commented by stf_y at 2007-04-01 23:00
結局めずらしくコメント0のままでしたね(苦笑)

真に真実を求め、行う人間にとっては、
たとえそれが自らの破滅だとしても、
勝敗を超越するのでしょうね。
そしてその行為は人々の中に生き続け、
星のごとく輝き続けるのでしょう。
Commented by schale21 at 2007-04-02 06:19
ステッペンヴォルフさん、ありがとうございます。

英雄的な敗退こそが歴史を動かし、決定する。
なんと美しい思想でしょうか。
イエスやソクラテスの死を思うとき、いつもこのことを思い出します。
彼らが幸福に生きていたら、歴史は動かなかったに違いありません。いわば彼らの生ではなく、死が歴史を決定したといえるでしょう。
国家や権力、財力ではなく、人の心を動かす者が歴史を動かすものだということと思います。
だから権力者は常にそういった人たちに最も大きな驚異を覚えるのです。

自分はいわば、この詩とこの詩の精神をご紹介したくプログを始めたようなもんですので、ある意味、満足です。笑



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