

月光の中なお輝く極光
アイスランド西部フィヨルド、400mの岸壁
心の要塞
まるで、一つの暴力の支配にとらわれたかのようだ。
ただ漠然とした、だがはっきりとした一つの印象が、地球のいかなる引力よりも強く深く、そして間断することなく私たちを捉えて離さない。
それは、断絶に対する断固とした拒絶の意志である。
地球の内部から吹き出す、世界で最も新しい岩石よって造り出された大地。
北大西洋の暴風と雨、ブリザードに育まれた苔に覆い尽くされた広大な溶岩の台地。
火の山々から噴き出た、漆黒の砂浜に打ち寄せる激流。
一国にも匹敵しようかという面積を誇る、欧州最大の氷河の偉容。
そして、漆黒の闇を照らす、月と極光。
この国の人たちは、この自然とともに生きてきた。
誰もこの国を支配し、自然を造り替え、社会と国土の支配者になろうと企てるものはいなかった。
誰も支配しなければ、全ての国土は我らのものであり続け、私たち自身の所有であり続けることを知っていたのだ
隣人に対するのと同じように、彼らは自然を敵とは見なさず、むしろ私たちが自然の所有物、あるいは友人として生きる道を選択した。
それは単なる思想ではなく、生きていく上で譲ることの出来ない信念、選択の余地なき、命をかけて防衛すべき人生の価値そのものなのだ。
だが、私たちは、すでにあまりに多くのものを失ってしまった。
何故ならそれは、私たちが命がけで戦う勇気を持たなかったからだ。
国土の防衛の為に、家族の防衛の為に、何より私たち自身の人生の価値そのものの防衛の為に、怯懦に流された我々は、剣をもって戦うことを拒絶したのだ。そして、奴隷として生きる道を選択した。
ここで云う国土とは、自然が私たちに贈ってくれた大地のことであり、私たちに生存を許してくれた自然そのもののことである。強欲で狡猾な権力の保持者達によって主張される、手前勝手な国境線のことではない。
しばしば彼らは人民に対し、国土の防衛のための死を強要するが、それは彼らの権力の維持の為に死ねと要求しているに等しい。
今我々は、この支配者である文明とその代理人達によって、最後の生存の足場すら失おうとしている。
最後に残された、一平方メートルの土地からすら立ち去ることを強要されている。
氷国の大地は、北大西洋の奔流と疾風に守られている。
私たちの内面はしかし、限界なき底抜けの欲望の侵略に対し、あまりに無防備にさらされ続けている。
全地球の土地と資源を一人占有しようという、病的な欲望の侵略に対して。
我々は、この国の人々のように、 高く厚い防壁を築かねばならない。
決して、いかなる敵にも破られることのない防壁を。
剣を抜け!
敵に対する、最も恐るべき障害となって防壁を守るのだ!
いかなる銃弾も矢も、君の胸板を打ち抜くことはできないだろう。
君は、恐れなき勇気と勝利への確信という、不敗の鎧で包まれているからだ。
一つの勇気の前に、侵略者は、その虚栄の権力と暴力の無力さをさらけ出して破れ去ることだろう。
Schale
アイスランドの土地は、長い間地上の最も穢れのない土地の一つとして守られてきました。
それは、作物の実らない厳しい気候と、時には全世界的な気象変動をすらもたらして来た、多くの大火山の噴火、そして何にもまして、グリーンランド海の荒波と嵐とが、物質的な欲望に満たされた人たちを遠ざけ続けて来たからにほかなりません。その為、長い間、世界で最も貧しく辺鄙な土地の一つでもあったのです。
今はしかし、この比類なき自然と社会は、近代文明の性急さによって疲れきった人々を魅了してやまない、理想の大地、尽きるこのない内面からの力を得る場所として、まさに北海のオアシスのように、世界中からの旅行者を受け入れてるようになりました。
この国の人々は誇りを持って旅人に語ります。
“アイスランドは、一階級からなる社会、階層のない社会である”と。
また、この国に軍隊はありませんが、その決定としたバイキングの勇猛さと勇気の前に、多くの大国が己の利害の放棄を迫られてきました。
翻って私たちは、私たちの内面において、あまりに多くのものを喪失し、もう取り返しがつかないほど憔悴しきっています。
それは、喧噪なメディアや、私たちの目には容易には見えない権力による情報操作を通して、内面の幸福にとって何が本当に重要であり、決定的であるかを見失い、私たち自身を喪失し続けてきたからにほかなりません。それはいわば、人生の喪失と呼んでもいいものでしょう。
ゲーテは晩年、新聞を読むと蛙を生で飲み込むような気分になると語ったといいます。
それはまさに、精神を喪失し、私たちにとって最もかけがえのない人生のテーマから目をそらさせ、低次の生をおくるよう強制させられるからにほかなりません。




